私のような、平成初期に京都大学理学部で物理学を志したものにとって、湯川秀樹先生、朝永振一郎先生のお名前は、一種独特の響きがあります。お二人共にノーベル物理学賞を受賞された素粒子物理学の大家でありますが、特に湯川先生は幼少期より漢籍に親しみ、文章家として「旅人」など、沢山の優れた随筆などを遺されております。
「目に見えないもの」は、湯川先生が三十代の時に書かれた随筆集です。全体が3部構成になっており、第1部は先生のご専門である素粒子物理学について、第2部と3部は半生の記やご家族に関することなど自由な内容になっております。
第1部は骨太で、自然哲学から現代物理学へと至る学問の流れを概説し、生命を量子力学的にどう捉えるかなど非常に示唆に富む内容になっております。俗人である私には2部に収蔵された、半生の記が興味深かったです。湯川先生は大阪大学理学部の助教授から京都大学の教授になられましたが、先生の代表作である中間子理論の骨子は阪大時代に考えられたそうです。その理論を着想したいきさつが語られており、私生活ではご子息が生まれたばかりの大変な状況でも不眠症になるまで一心不乱に考え続け、更には寝る時も枕元にノートを置いて繰り返し推敲したというエピソードには頭が下がる思いです。
肝心の私は京大理学部の物理学の講義に全く付いて行けず、巡り巡って生物学の研究者になりましたが、今でも憧れであります。
