たまには爽やかな気分になりたいと、短編集「危険な斜面」(松本清張著、文春文庫)に収蔵されている、「投影」を読み返して元気をもらいました。
この作品の主人公は、田村太市という若者で、東京の一流新聞社で記者として働いていたが、上司と喧嘩して社を飛び出してしまいます。そして嫁の頼子と共に瀬戸内のS市に居を移します。二人はしばらくのんびりしていたのですが、やがて頼子はS市のキャバレーで働くようになり、太市も市政を報じる陽道新報社という小さな新聞社に記者として就職します。陽道新報社は社長の畠中嘉吉とその細君、記者の湯浅新六の3人しか在籍しておらず、発行部数も千部程度の弱小新聞社でした。そんな小さな会社ですが、社長は貧乏に甘んじ、しかも病床に臥していながらも正義感が強く、いつも気炎を上げています。一方、記者の湯浅は猫背で周囲には卑屈に振る舞っているが、時折り芯の強さを感じさせる中々の好人物であり、太市は彼らに惹かれていきます。
そんな折、太市は市役所を訪問中に市会議員の石井が土木課長の南を恫喝している所を目撃します。どうやら石井は道路予定地上に自身が所有する廃工場に対して、400万円の立退料を南課長に要求しているが、その要求を拒絶されて脅しにきたらしいのです。しかし、南は気の弱い人物ながら正義感が強く、意地を通して突っぱねます。
そのうちに人事異動があり、南課長の部下だった山下係長が新設された港湾課の課長に昇進します。山下は石井議員の腹心でした。そして山下課長の昇進祝いの夜、南課長が自転車で帰宅途中に海に転落して死亡します。警察は事故死ではないかと推定するのですが、社長は石井らによる他殺であることを見抜きます。太市と湯浅は苦労しながらも手分けをして情報を集め、彼らの殺人トリックと助成金詐欺をあばきます。そしてすべてが解決したのち、太市は再び東京に職を得て、夫婦でS市を離れるのです。
本作品は清張作品によくある官民の癒着が絡んだ殺人事件とその解明がテーマながら、中央の新聞社から追い出された主人公が田舎の小さな新聞社で自己を見つめ直して成長し、再び中央に戻っていく、という成長物語が織り込まれた爽やかな(?)作品です。
最後の主人公夫婦と陽道新報の面々との別れのシーンも感動的で、清張版の青春小説という印象を受けました。