2024年8月31日土曜日

三代目・古今亭志ん朝の「お化け長屋」を聞きながら

 噺のマクラは「四つごろに出る幽霊は前座なり」という川柳から始まります。江戸時代は夏になると夏枯れを防ぐために寄席で怪談話をよくやって、好評だったそうです。怪談話には幽霊がつきもので、前座の連中が幽霊に化けて登場したそうです。その時刻が大体四つ(午後十時)ということで、当時の寄席は随分遅くまでやっていたとのことです。


あらすじ:

長屋というものは満室になっていると家主が強気になってくるので、何軒か空いていた方が借主には都合が良いのだそうです。

ある店子さん(名前が出てこないので店子A)が菜漬けの樽を買ってきたものの、家が狭くて置き場が無い。そこで隣の空き家に置いておいたところ、家主が目ざとく見つけて散々に小言を言ってきた。叱られた店子Aは、悔しくて何とか仕返ししてやろうと思うのだが、相手が家主なので妙案が浮かばない。そこで長屋の古だぬき、杢兵衛(もくべえ)さんに相談に行く。杢兵衛は一計を案じて、次に借り手を希望する者が長屋に訪ねてきたら、家主は遠方にいるため杢兵衛が差配として長屋のことを万事任されていると嘘をついて、自分のところに寄こすようにと告げる。

早速、借りたいという男が杢兵衛のところへやってくる。杢兵衛はひとしきり部屋の説明をしたあと、敷金も家賃も払いたくなければ払わなくてよいと妙なことを言い出す。男が訝しく思い、理由を聞くと急に声を潜めて近くに来るように言う。杢兵衛は「本当は言いたく無いんだが」と勿体ぶってから怪談話を始める。

曰く、今を遡ること三年前、あの部屋には年頃二十八、九になる後家さん(以降、おかみさん)が独りで住んでいた。おかみさんは働き者で、気立ても良く、おまけに器量よしだったので周りの男たちが放っておかない。方々から言い寄られるも、男は先の亭主で懲り懲りでございます、と言って断る誠に物堅い人だった。ある風の吹く晩におかみさんの部屋に泥棒が入った。泥棒は荷物をこしらえて逃げようとするのだが、年増女の寝乱れ姿をみて妙な了見を起こしてしまった。泥棒がおかみさんに襲い掛かろうとすると、おかみさんが気づいて悲鳴をあげる。泥棒は怖くなって匕首でおかみさんを刺して逃げてしまう。あくる朝、いつもは朝の早いおかみさんが何時まで経っても起きてこないので長屋の皆で部屋に入ってみると、辺り一面が血の海になっており、その中でおかみさんが息絶えていた。その後、皆でねんごろに弔いをして、畳を変え、障子を張り替えると、次から次へと新しい借り手がやってくる。ところが長い人でも三日で出て行ってしまう。長屋の皆は原因がわからず困惑するのだが誰もわからない。ようやく最後に出て行った人から聞きだして驚いた。入居して一日二日は何でもない。しかし雨がしとしと降るような夜になると、遠寺の鐘がゴーンと陰にこもった音が鳴り、それに呼応して独りでに仏壇のリンがチーンと鳴る。すると障子に女の髪の毛が当たる音がサラサラと聞こえてきて、障子がスーッと開き、亡くなったおかみさんの幽霊が枕元にやってくる。そして顔を覗き込んでケタケタと笑いだす。

ここまで話すと借り手の男は怖がりらしく、もうわかったからやめてくれと言い出す。杢兵衛はダメ押しとばかりに、幽霊が冷たい手で撫でるという台詞に合わせて濡れ雑巾で借り手の男のさっと顔をなでると、男は大声を出して飛び出して逃げてしまった。余りに慌てていたので、下駄もがま口も置いていってしまった。杢兵衛と店子Aは、男の残した下駄とがま口をせしめて大喜び。次もこの手で行こうと示し合わせる。

次に来たのが威勢の良い職人風の男。杢兵衛は同じ手順で例の怪談話を始めるのだが、全く怖がらない。それどころか話の合間に茶々を入れたり、逆に杢兵衛を脅かしたりして散々いじり倒す始末。最後に濡れ雑巾で男の顔をなでようとするも体をかわされ、逆に雑巾を取られて杢兵衛の方が顔をこすられてしまう。男はすぐに引越してくるから掃除をしておけと言い残して帰ってしまう。

店子Aが心配そう杢兵衛の下にやってきて、どうなったかと問う。杢兵衛は度胸のいいやつで何をやっても驚かないと嘆く。「じゃあ、何にも置いていかなかったのかい?」と聞いて、杢兵衛が応える。

「何にも置いてきゃしないよ。あっ、ここにあったがま口持ってっちゃった」