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2024年9月7日土曜日

三代目・古今亭志ん朝の「抜け雀(ぬけすずめ)」を聞きながら

 「抜け雀」は昔の名人の逸話と言った噺で、芸事を極めると魔法のような事まで起こすことができるという、昔話の典型のような噺です。同じような名人の逸話に「宗民の滝(そうみんのたき)」があるかと思います。噺のマクラで現在の落語家に名人はいない、と志ん朝が語っているのがあるのですが、芸事を極めるというのは容易ならざることだと伝わってきます。


あらすじ:

江戸時代、旅人たちに嫌がられたものに護摩の灰(ごまのはい)と雲助(くもすけ)というのがあるそうです。護摩の灰というのは泥棒のことで、旅の道中で一度でも目をつけられると、お金を取るまでどこまでも追ってきたそうです。だから当時は、しつこくて嫌な奴のことを、あいつは護摩の灰みたいだ、といったそうです。さらに、それ以上に嫌がられたのが雲助、駕籠かきだそうです。当時の駕籠かきには悪い奴が混じっていて、女性の一人旅とみるや無理やり駕籠に乗せ、目的地とはまるで違う方向に連れて行って散々酷いことをした、なんて話が幾らもあったそうです。

東海道の宿場町、小田原は夕暮れになると各宿の前には客引きが出て、大層にぎわったそうだ。そこへ行くのは汚い着物をきた若い男。他の旅人は方々の客引きに声をかけてもらえるのだが、自分は誰からも声がかからない。そのうちに相模屋という鄙びた宿屋の主人が声をかけてきたので泊まることにした。若い男は「内金に百両でも預けようか」と大きなことを言うので、人の良い主人は安心してしまった。しかし宿につくと、男は朝、昼、晩に一升ずつ、日に三升もの酒を飲んで七日もの間、寝てばかりいる。宿のおかみさんが支払いを心配して、主人にせめて酒代だけでも回収するように言ってきた。主人は嫌々ながら酒代として五両欲しいと催促すると、なんと男は無一文であることが判明する。困り果てた主人は男の職業を聞くと、狩野派の絵師だと答える。せめて大工だったらどこかを直してもらえたのにと主人が愚痴を言うと、男は真っ白な衝立を見つけ、これに絵を描いてやろうという。その衝立は無一文で泊めた丁子屋に作らせたもので、白いままなら売れるから描かないでほしいと懇願するが、男は言うことを聞かない。主人に墨を磨らせて自分は構図を考え、流れるように雀を五羽描き加えた。曰く、一羽につき一両。五羽で五両の価値がある。これを宿賃の抵当(かた)として置いていくので、再びこの宿を訪れるまで売ってはいけないと一方的に言い放って宿を出て行ってしまう。一方、おかみさんは男が宿賃を踏み倒して逃げていったと知り、不貞腐れて寝てしまう。

翌朝、主人は不貞寝しているおかみさんを尻目に、昨日まで男が泊まっていた部屋の雨戸をあけると、部屋のどこからか雀が五羽でてきて、窓から外へ飛んで行ってしまった。主人は昨晩雨戸を閉めたときに鳥を閉めこんでしまったのかと思っていると、外へ出て行った雀が窓から戻ってきて再び衝立の中に収まった。主人は驚き、おかみさんに事の顛末を告げるのだが信じてもらえない。周りの人達に話をしてもやはり誰も信じてくれないので、次の朝、皆を部屋に集めて雨戸を開けてみる。すると昨日と同じように衝立から雀が飛び出し、雨戸の外へ出て行ったかと思うと、しばらくして部屋に戻り、衝立の中に収まった。

この評判が国中に広まり、相模屋は雀のお宿と呼ばれ大そう繁盛した。さらに、この評判が時の御城主、大久保加賀守さまのお耳に届き、お殿様の前で衝立を披露することになった。お殿様は大層感心し、千両で買い取ろうと申し出る。しかし正直者の主人は男との約束でお売りできないと伝える。お殿様は、ではその男が再び戻ってきたら知らせるようにと言いつけ、お城に戻る。

その後も相模屋は繁盛を極めるのだが、ある日、歳の頃六十くらいの人品卑しからざる老人が訪れ、衝立を見たいと言い出す。主人が誇らしげに衝立を披露すると、この絵には抜けがある、と言う。曰く、この絵には止まり木が描いていない、と。主人は止まり木なんて不要だと言うのだが、老人は止まる所がないと衝立の雀はいずれ死んでしまうだろうと言い放つ。さらに老人が止まり木を描いてやろうと言うので、主人は渋々承諾する。次の朝、雀たちが衝立から飛び出して外へ出て行った隙に、老人は鮮やかな筆さばきで止まり木と鳥籠を描いた。やがて雀たちが戻ってくると衝立の鳥籠に入り、止まり木の上で羽を休めた。これを皆が見ていたため、評判がさらに広まり、二度目に大久保加賀守さまがご覧になった時には、千両上がって二千両の値がついた。

宿屋の夫婦は怖くなってガタガタ震えている。と、そこへ雀の絵を描いた若い男が再び宿に戻ってきた。しかも今度は立派な身なりをしている。主人は約束通り絵を売らなかったことを告げると、約束を守ってくれたお礼に絵は進呈する、と言う。続いて主人は見知らぬ老人が止まり木を描いた顛末を告げると、男が驚き、絵を見たいと言い出す。男は衝立を前にすると、急に神妙になり、絵に詫び始める。男が言うには、これを描いたのは自分の父上で、自分は絵のことで思い違いをして勘当され、今回の雀の絵が元で勘当を許され、国許に帰る途中だと言う。主人が、「これだけの絵が描けるような名人になったのだから、あなたは孝行ものだ」と告げると、男が言う、

「いや拙者は不届きものだ。大事な親を駕籠かきにしてしまった。」

2024年9月4日水曜日

三代目・古今亭志ん朝の「強情灸(ごうじょうきゅう)」を聞きながら

 私は桂文楽の襲名披露公演の時に演じられたものをよく聞いています。ストーリーとしてはとても単純で時間も短いのですが、テンポがよくって楽しいです。調べて驚いたのですが、噺に出てくる峯の灸というのは、今でも横浜の護念寺で受けられるそうです。落語の世界がリアルタイムで体験できるというのは凄いですね。

あらすじ:登場人物は2人の江戸っ子。二人とも、とても負けず嫌い。片方の男がとても熱いという峯の灸(横浜市磯子区にある護念寺で行われていた灸)を据えてきたと自慢話を始める。曰く、1つでも熱い灸を体の片側16、両側で32個いっぺんに火をつけて耐えてきたという。それを聞いたもう片方は悔しくて、袋一杯の百草を腕にのせて炭火で火をつけ涼しい顔をしてみせる。しかし徐々に熱さが伝わってきて、やせ我慢がはじまる。石川五右衛門が釜茹に遭いながらも辞世の句を残したというのだが、「石川や浜の真砂は尽きぬとも我泣きぬれてカニと戯る」と錯乱したようなことを言う。続けて、八百屋お七は火あぶりの刑にあっても泣き言一つ言わなかった、というのだがついに耐えられなくなってしまった。百草を払い落して、一言。

「オレは熱くなかったが、五右衛門は熱かったろう」

2024年9月3日火曜日

三代目・古今亭志ん朝の「そば清(そばせい)」を聞きながら

私が聞いているバージョンには、噺のマクラに父親である五代目古今亭志ん生にお寿司屋さんに連れて行ってもらった話や、兄の十代目金原亭馬生と食事をしたエピソードなどが出てきます。興味深いと共に、やっぱり凄いサラブレットなのだと再認識します。


あらすじ:

世の中が呑気な時分には、天丼幾つ食えるとか他愛のないことで賭け事をよくしたそうです。中でも、蕎麦を何枚食べられるかを賭ける、蕎麦賭けが良く行われたそうです。当時のそばは、今のそばよりも一人前の量が少なかったんだそうです。それでも自分の背丈まで積んだせいろを食べるのは大したもので、そういう人を俗にそばっくいと言ったんだそうです。(江戸時代のそばは十割そばで切れやすく、せいろで蒸して食べていたそうです。)

ある蕎麦屋に毎日10枚ずつ盛りそばを食べにくる客がいる。周りの人が感心して蕎麦賭けを客に持ち掛ける。最初は20枚でどうだというが、客はとても無理だと言うので、15枚で1分(15枚食べられたら1分もらい、食べられなければ1分払う。1分金は1両の四分の一)で賭けが成立する。客は心配だと言いながらも15枚をペロリと平らげて、1分金をせしめて店を出る。お金を取られた方は悔しくて、次にやる時は20枚にしようと打ち合わせる。

次の日、同じ客が蕎麦屋にやってくる。昨日は家に帰ってから医者を呼んだりして大変だったと言ってくるが、昨日負けた方は20枚で2分で再度賭けを持ち掛ける。客はまた渋るものの結局は承諾して、ペロリと平らげて2分を受け取って出ていく。また取られた方は悔しくて、明日は30枚で1両だと息巻く。しかしその賭けもあっさりと取られてしまう。散々お金を取られた方が悔しがっていると、ニヤニヤ笑って見ている奴がいる。なぜ笑っているのか憤慨すると、あの客が誰か知らないのかと聞いてくる。その人曰く、あの客は清兵衛(せいべい)さんと言って、蕎麦賭けでは有名な人で、人呼んでお蕎麦の清さん、詰めてそば清と呼ばれていて、一時に盛りを50枚も食べられるのだという。しかも蕎麦賭けが得意で、蕎麦賭けで家を二軒立てたほどの実力者だと言う。何とか勝つ方法は無いかと聞くと、60枚で3両なら勝ち目があるのではないかと言ってくる。そこで次の日、清さんにその賭けを持ち掛けるのだが、日を改めて欲しいと逃げられてしまう。

そのうちに清さんが商売用で信州に行き、山道で迷ってしまう。すると目の前に猟師さんが歩いているのが見えたので、しめたと思い付いて行こうとすると、突然脇の茂みから大きなウワバミ(大蛇)が現れ、猟師を丸呑みにしてしまった。ウワバミは人を1人飲み込んで苦しそうにのたうち回る。清さんはどうなるか興味津々で見ていると、ウワバミが赤い草が生えている茂みまで行き、草を舐めるとたちまちお腹がこなれてしまった。清さんは蕎麦賭けで苦しい時に、この赤い草を使おうと思い、積んで江戸にもどった。

ふたたび蕎麦屋に出向くと、常連から70枚で5両の賭けを持ち掛けられる。清さんがあっさりと応じて賭けがスタートする。清さんは凄い勢いで食べ始めて、次々と平らげるのだが、60枚目を越した辺りから段々遅くなり、あと数枚を残して手が止まってしまった。清さんも頑張ろうとするのだがはどうしても入らない。困った清兵衛さんはちょっと風に当たらせてくれと頼む。動けない清さんを皆で縁側に出してやって、障子を閉めてもらう。そこでそばをこなすために信州で手に入れた赤い葉を舐め始める。

しばらくして店にいた連中は清さんを呼ぶのだが、返事が無い。不審に思って障子を開けると、清さんはおらず、代わりにそばが羽織を着て座っていた。実は赤い草は人間を溶かす薬で、清兵衛さんは消化を助ける薬だと思って舐めてしまい、体が溶けてそばが羽織を着ていた、という噺。

どなた様も御腹を立てませんように。


2024年9月1日日曜日

三代目・古今亭志ん朝の「二番煎じ(にばんせんじ)」を聞きながら

寒い冬の日に聞きたくなる噺です。一緒に暖かいお鍋をつついているような気分になります。夜回りしている間の火の用心の掛け声の調子だったり、見事なものです。

あらすじ:

冬になると江戸は良く大火に見舞われ、多くの損害を被った。このため各町内にも火の番をする番小屋があり、番太郎、詰めて番太と呼ばれる人たちが見張りをしていた。この番太になろうと言う人は血気盛んな若者などではなく、血気なんてものは何十年も前に無くしてしまったようなお年寄りが多かった。また道楽がもとで人生やり過ごししてしまった人も多かった。そんな感じなので誠に頼りなく、ボヤで済んだものを番太が寝過ごしたために大火にしてしまった、などと言う事もあったそうだ。そこで、町内の旦那連中が集まり皆で夜回りをすることがあり、さらにそれを見回る町役人もいた。

今夜も町内の旦那連中が集まって火の回りをするのだが、月番が二手に分けて順繰りに夜回りをしたらどうかと提案する。皆が了承したので、月番と伊勢屋さん、黒川先生、辰さん、宗助さんの五人が一の組として先に夜回りに出かける。

提灯を持った宗助さんを先頭にして、伊勢屋さんが鳴子、黒川先生が拍子木、辰さんが金棒を持ってぞろぞろと回りだす。皆はあまりに寒いので手を懐に入れたままなので、横着して大きな音が出ない。月番が火の用心の掛け声を出すように言うが、宗助さんはぶっきらぼう、黒川先生は謡調、伊勢屋さんは清元調の独特の火の用心になってしまう。最後に辰さんの出番だが、流石に吉原の頭のところで火の番をやっていただけあって、「火の用心、さっしゃりやしょう」と見事な調子。掛け声の最後の方を少し揺らして、北風に声が震える演出まで施す始末。

火の回りから番小屋に戻った一の組の面々。体が冷え切ってしまったので、暖を取ろうと皆で火鉢を囲んでいると、黒川先生が出掛けに娘に持たされたと言って、ふくべに入れた酒を出してきた。月番は、ふくべに酒を入れて持ってくるとは何事だと叱り、土瓶に移し替えるように宗助さんに命じる。一同が訝しく思っていると、ふくべから出る酒を飲むのは不味いが土瓶から出る煎じ薬なら問題ないと答える。そして、実は自分もこうして持ってきていると懐から酒を出す。さらに月番が、イノシシの肉にネギと味噌を添えて鍋まで取り出した。こうして猪鍋を囲んで、酒盛りが始まる。皆酔いが回って上機嫌になり、都々逸の回しっこでもやろうと言い出す。

そこへ表から「ばん、ばん」という音がする。猪鍋のにおいを嗅ぎつけた犬の仕業と思い、「しっ、しっ」と叫んで追い返そうとする。しかし尚も「番、番、番の者はおらんのか」と声がかかり、町役人が見回りにきたことが判明する。慌てる一同。鍋は股の下に隠し、宴の後を綺麗にして町役人を番小屋へ入れる。

町役人は「しっ、しっ」と言っていたのは何かと聞く。月番は宗助さんが「寒いので火だ、火だ」と言ったと弁解する。さらに町役人は「何か土瓶のようなものを隠したが、あれは何か」と聞く。「あれは煎じ薬だ」と答えると、自分も風邪気味なので一杯もらいたいと役人がせがむ。この煎じ薬は町人にしか効かないと悪あがきをするのだが、結局飲まれてしまう。役人に酒を飲ませると、結構な煎じ薬だと上機嫌。さらに何か鍋のようなものを隠したのではないかと言い、猪鍋を出させる。これは何かと問うので、月番は煎じ薬の口直しでございます、と答える。調子に乗った役人は口直しが良いと煎じ薬も進むと好きなだけ飲み食い始める。旦那連中はお酒を全部役人に飲まれてしまうと思い、月番に断ってしまえと詰め寄る。月番が町役人に煎じ薬はもう一滴もないと言うと、町役人が返す。

「そうか。では拙者一回りして参る。その間に二番を煎じておけ」

三代目・古今亭志ん朝の「高田馬場(たかだのばば)」を聞きながら

この噺は、最後に大どんでん返しがあるので好きです。世の中には色々なことを商売にする人がいるのだと、お話の中ながら感心します。自分もその逞しさを見習いたいものです。噺の途中で、ガマの油売りの口上が出てくるのですが、志ん朝の語りがまさに立て板に水といった感じで本当に見事なものでした。


あらすじ:

浅草観音の境内は今日も行商人たちでごった返している。その中で、若い女が鎖鎌の芸を見せて座を沸かせている。続いて若い男が「さあさあお立会い。御用とお急ぎで無かったらゆっくり聞いておいで」とガマの油売りの口上を始める。そして、ガマの油の膏薬はどんな刀傷にも効くと実演を交えながら説明していると、歳の頃、五十過ぎの侍が現れ、「本当にどんな傷にも効くのか」と聞いてくる。男は「どのような傷か、傷所を拝見したい」というと、侍は渋々背中の古傷をみせる。そして傷にまつわる懺悔話を始める。曰く、侍は岩淵伝内(いわぶちでんない)と言い、今から二十年前、さる福島の藩にいたのだが、部下の木村惣右衛門(きむらそうえもん)の妻に横恋慕してしまい、何とかなびかせようと日々言い寄っていた。そして惣右衛門が留守の時を見計らって、妻を手籠めにしようと画策するが、惣右衛門に見つかってしまう。惣右衛門は怒り心頭で伝内を罵倒するのだが、伝内は逆に惣右衛門を抜き打ちで切り捨ててしまった。伝内は後悔して逃げ出そうとすると、乳飲み子を抱えた惣右衛門の妻が半狂乱で追いかけてくる。その際に投げた手裏剣が背中にあたり、その傷が今でも痛むのだという。

その話を聞いて、若い男の顔色が変わった。一尺ばかり飛びのくと、「やあ、珍しや岩淵伝内!かく言う某は、汝に討たれし木村惣右衛門が一子、惣之助。これに控えしは姉のあや。いざ尋常に勝負せい!」と息巻く。伝内は大いに驚くも観念し、「観音様の境内を血で汚すわけにはいかない。明日巳の刻、高田馬場で果たしあいをしよう」と申し出る。境内は騒然とするのだが、姉弟は伝内の申し出を受け入れる。

噂が噂を呼び、翌日の高田馬場は見物人で黒山の人だかりだった。果し合いまで時間を潰そうと周りの茶屋もすべて大混雑である。皆で見物に来ていた大工連中も酒を飲んで時間を潰しているのだが、そのうちに巳の刻を過ぎてしまった。しかし何も始まる気配がない。不思議に思っていると、同じ店に五十過ぎの侍が酒をしこたま飲んでいる。彼こそが昨日の仇討ちの侍、伝内ではないかと気づき、仇討ちがどうなったかと聞く。

すると伝内は悪びれもせずに、今日は止めだと告げる。それではあの姉弟が許さないだろうと言うと、あれは拙者の娘と倅で今頃は洗濯でもしているだろうと言う。何だってそんな嘘をつくのかと聞くと、伝内がこれが自分たちの商売だと言って一言。

「拙者は仇討ち屋だ。仇討ちがあると聞けば大勢の人が集まる。さすれば茶屋が儲かる。その上がりの二割をもらってこうして楽に暮らしておる」

三代目・古今亭志ん朝の「居残り佐平次(いのこりさへいじ)」を聞きながら

噺のマクラには、この噺のサゲである「おこわ」の説明から入ります。 

江戸時代の川柳集である柳多留(やなぎだる)には、「四、五両のおこわを息子夕べ食い」とある。おこわと言うのはお強飯です。これが四、五両というのですから非常に高い。実は、「おこわ」というのは美人局(つつもたせ)の隠語になっているのだそうです。どうして美人局がおこわのかと言うと、「おー怖わ」という所が由来になっているのだそうです。


あらすじ:

遊びには上中下の区別があり、廓に足を踏み入れないのが上客であるという。「上は来ず、中は昼来て昼帰り、下は夜来て朝帰り、そのまた下下は居続けをし、そのまた下下は居残りをする」。これらの上中下は遊女の方が決めたもので、彼女たちは長居する客をとにかく嫌がった。だから居残りなんて、とても迷惑な行為だった。

この噺の主人公、佐平次(さへいじ)が友達3人を遊びに行こうと誘う。「なか(吉原)」かと一人が問うと、吉原は飽きたから品川宿の遊郭(通称:みなみ)まで足を伸ばそうと言う。さらに、芸者も揚げて一晩景気よくどんちゃん騒いで飲み食いして、一人一両ずつ俺に渡せと言う。友人は、品川で一晩過ごすだけでも一両では心もとないのに、飲み食いまでしたら無理だと言うのだが、佐平次は大丈夫だと取り合わない。

品川につくと、良さそうな店を見つけて、散々遊びつくして一夜を過ごす。おしけとなる前に佐平次は3人を集めて一両ずつ出させる。そして、3両に自分の1両たして4両を1人に渡して、この金を自分の母に渡してほしい、明日は朝早く帰るように告げる。理由を聞くと、自分は居残って場を取り繕い、そのうち上手く抜け出るつもりだと言う。

あくる朝早く、3人を帰して、佐平次は一人遅くまで寝ている。店の若い衆が起こしに来ると、巧みに勘定の催促をかわして朝湯に入ったり、迎え酒をしたり好き放題振る舞う。夕方まで居続けるので、若い衆が催促に出向くと、実は先に帰った3人が本日再び店に来るのを待っているという。若い衆は納得して戻っていくが、その晩結局3人は来ない。次の日も同様の手口で居続けようとするが、流石に若い衆は騙されない。厳しく勘定の催促をしたところ、金は無いと佐平次が言う。では友人にお金を持ってこさせろと言うと、知り合ったばかりで連絡先を知らないという。若い衆たちは怒り心頭で佐平次を取り囲むのだが、佐平次は動じない。おとなしく布団部屋に引っ込んで居残りとなる。

夜になると遊郭は忙しくなり、誰も佐平次に構っていられない。すると佐平次は布団部屋を抜け出し、店の手が行き届いていないお客を回って幇間のようなことを始める。これがとても巧みでお客の間で評判になり、ご指名がかかったり、御祝儀をいただいたり、本職の若い衆顔負けの活躍をする。するともらいの少なくなった若い衆たちが不満になり、佐平次を追い出してほしいと主人に訴える。

主人は初めて佐平次に対面し、勘定は追々で良いので家に帰るように勧める。佐平次は主人に感謝しつつ、実は自分は生まれついての悪党で前科があり、この店から出られないと嘘をつく。驚いた主人は、罪人をかくまったことがばれたら店はお取り潰しになるから頼むから出て行ってくれとうろたえる。主人は佐平次に言われるままに旅費から着物(結城の紬)、足袋まで差し出したので、佐平次はようやく出ていく。

佐平次が店を出たあと、主人は佐平次がちゃんと帰ったか不安になり、若い衆に見てくるように命じる。若い衆は外に出て、往来を堂々と鼻歌混じりに歩いている佐平次を見つけて、大丈夫かと聞くと、「自分はなか(吉原)でもこつ(小塚原)でも居残りを商売としている佐平次というものだ。品川ではやった事が無かったが、とても上手く行った」と上機嫌でうそぶく。若い衆は店に戻って、一部始終を主人に告げると、

「ちくしょう!人をおこわにかけやがって」と主人が息巻く。それを聞いて若い衆が一言。

「へぇ、旦那の頭が胡麻塩ですから」


2024年8月31日土曜日

三代目・古今亭志ん朝の「お化け長屋」を聞きながら

 噺のマクラは「四つごろに出る幽霊は前座なり」という川柳から始まります。江戸時代は夏になると夏枯れを防ぐために寄席で怪談話をよくやって、好評だったそうです。怪談話には幽霊がつきもので、前座の連中が幽霊に化けて登場したそうです。その時刻が大体四つ(午後十時)ということで、当時の寄席は随分遅くまでやっていたとのことです。


あらすじ:

長屋というものは満室になっていると家主が強気になってくるので、何軒か空いていた方が借主には都合が良いのだそうです。

ある店子さん(名前が出てこないので店子A)が菜漬けの樽を買ってきたものの、家が狭くて置き場が無い。そこで隣の空き家に置いておいたところ、家主が目ざとく見つけて散々に小言を言ってきた。叱られた店子Aは、悔しくて何とか仕返ししてやろうと思うのだが、相手が家主なので妙案が浮かばない。そこで長屋の古だぬき、杢兵衛(もくべえ)さんに相談に行く。杢兵衛は一計を案じて、次に借り手を希望する者が長屋に訪ねてきたら、家主は遠方にいるため杢兵衛が差配として長屋のことを万事任されていると嘘をついて、自分のところに寄こすようにと告げる。

早速、借りたいという男が杢兵衛のところへやってくる。杢兵衛はひとしきり部屋の説明をしたあと、敷金も家賃も払いたくなければ払わなくてよいと妙なことを言い出す。男が訝しく思い、理由を聞くと急に声を潜めて近くに来るように言う。杢兵衛は「本当は言いたく無いんだが」と勿体ぶってから怪談話を始める。

曰く、今を遡ること三年前、あの部屋には年頃二十八、九になる後家さん(以降、おかみさん)が独りで住んでいた。おかみさんは働き者で、気立ても良く、おまけに器量よしだったので周りの男たちが放っておかない。方々から言い寄られるも、男は先の亭主で懲り懲りでございます、と言って断る誠に物堅い人だった。ある風の吹く晩におかみさんの部屋に泥棒が入った。泥棒は荷物をこしらえて逃げようとするのだが、年増女の寝乱れ姿をみて妙な了見を起こしてしまった。泥棒がおかみさんに襲い掛かろうとすると、おかみさんが気づいて悲鳴をあげる。泥棒は怖くなって匕首でおかみさんを刺して逃げてしまう。あくる朝、いつもは朝の早いおかみさんが何時まで経っても起きてこないので長屋の皆で部屋に入ってみると、辺り一面が血の海になっており、その中でおかみさんが息絶えていた。その後、皆でねんごろに弔いをして、畳を変え、障子を張り替えると、次から次へと新しい借り手がやってくる。ところが長い人でも三日で出て行ってしまう。長屋の皆は原因がわからず困惑するのだが誰もわからない。ようやく最後に出て行った人から聞きだして驚いた。入居して一日二日は何でもない。しかし雨がしとしと降るような夜になると、遠寺の鐘がゴーンと陰にこもった音が鳴り、それに呼応して独りでに仏壇のリンがチーンと鳴る。すると障子に女の髪の毛が当たる音がサラサラと聞こえてきて、障子がスーッと開き、亡くなったおかみさんの幽霊が枕元にやってくる。そして顔を覗き込んでケタケタと笑いだす。

ここまで話すと借り手の男は怖がりらしく、もうわかったからやめてくれと言い出す。杢兵衛はダメ押しとばかりに、幽霊が冷たい手で撫でるという台詞に合わせて濡れ雑巾で借り手の男のさっと顔をなでると、男は大声を出して飛び出して逃げてしまった。余りに慌てていたので、下駄もがま口も置いていってしまった。杢兵衛と店子Aは、男の残した下駄とがま口をせしめて大喜び。次もこの手で行こうと示し合わせる。

次に来たのが威勢の良い職人風の男。杢兵衛は同じ手順で例の怪談話を始めるのだが、全く怖がらない。それどころか話の合間に茶々を入れたり、逆に杢兵衛を脅かしたりして散々いじり倒す始末。最後に濡れ雑巾で男の顔をなでようとするも体をかわされ、逆に雑巾を取られて杢兵衛の方が顔をこすられてしまう。男はすぐに引越してくるから掃除をしておけと言い残して帰ってしまう。

店子Aが心配そう杢兵衛の下にやってきて、どうなったかと問う。杢兵衛は度胸のいいやつで何をやっても驚かないと嘆く。「じゃあ、何にも置いていかなかったのかい?」と聞いて、杢兵衛が応える。

「何にも置いてきゃしないよ。あっ、ここにあったがま口持ってっちゃった」


2024年8月30日金曜日

三代目・古今亭志ん朝の「猫の皿」を聞きながら

 猫の皿も好きな噺の一つです。先日紹介した鰻の幇間(うなぎのたいこ)と同じように、主人公が一儲けしてやろうと画策するも、実は相手がその上を行くパターンの噺です。茶店の親爺のすっとぼけた感じが良い味を出していると思います。鰻の幇間が「野だいこ狩り」ならば、猫の皿は「旗師狩り」でしょうか。


あらすじ:

江戸時代、天下泰平の世が続いてくると皆が習い事に夢中になった。江戸も末期になった頃には、武士でも三味線が弾けるなんて人がごろごろいたそうだ。

ひと頃、茶の湯が流行したことがあり、皆がこぞって珍しい茶器を求めるのだが、そういう逸品は中々あるものではない。そのような折、地方に出向いて珍しい骨董品を見つけては、言葉巧みに安く買いあげて、江戸で高く売る目利きの商売人が現れた。こういう連中は、高価な品物を安く買いはたいてくるので「旗師(はたし)」と呼ばれていた。

ある旗師が地方に買い出しに出かけたのだが、足を棒にして歩き回っても何も良品が得られない。疲れ果てて茶店に立ち寄り、茶を注文して座っていると、目の前で猫が皿にのった餌を食べている。それを見ている旗師の目の色が変わってきた。餌を食べ終わって猫がどこかへ行ってしまうと、旗師は皿をしげしげと眺める。その皿は「高麗の梅鉢(こうらいのうめばち)」と言って、江戸では何百両で売れるような高価な皿だった。旗師は茶店の主人であるお爺さんがこの皿の価値を知らないと思い、言葉巧みに安く皿をふんだくろうと画策する。

まず、旗師は本当は猫が嫌いなのだが、茶店の猫を膝に載せたり、懐に入れたりして可愛がるふりをして、自分は猫が大好きで、この猫もなついているとアピールする。そしてこの猫を三両で譲ってくれと主人に申し出る。主人はためらうのだが、渋々了承する。続けて、旗師は猫に飯を食わせるためには食べ慣れた皿(=高麗の梅鉢)が良いから、その皿もついでに譲ってくれと申し出る。主人はそれならばもっと良い御椀があると言い、譲ってくれない。旗師が尚も食い下がると、ニヤリとして、「この皿は見た目は汚いが、高麗の梅鉢と申しまして江戸では何百両で売れる品だから勘弁してほしい」と返す。

旗師は主人が皿の事を知っているとわかり、ガッカリしてしまう。さらに懐に入れた猫には小便をひっかけられて引っかかれる始末。落胆した旗師が「爺さん、何だってこの皿で猫に飯を食わせているんだい」と問うと、主人が返す。

「こうしておりますとな。時々猫が三両で売れますんで」

2024年8月29日木曜日

三代目・古今亭志ん朝の「たが屋」を聞きながら

たが屋はシンプルな短い噺です。後半は派手なチャンバラが威勢よく展開し、一番盛り上がったところで綺麗に終わると思います。たが屋が啖呵を切るシーンがあるのですが、江戸弁で早口にまくしたてる場面がスーッとして気持ちが良いです。


あらすじ:

花火の掛け声には、玉屋(たまや)と鍵屋(かぎや)の二種類があるが、これはどちらも江戸時代に花火を作っていた店の屋号である。しかし玉屋の声は頻繁にかかるのに、鍵屋の声は中々かからない。玉屋は元々鍵屋にいたお職人が独立して出した店で、のちに失火を出してしまいお取り潰しになった。にもかかわらず玉屋の声ばかりかかるのは、呼びやすいからだろうか。川柳にも「橋の上、玉屋、玉屋の声ばかり。なぜに鍵屋と言わぬ情無し(錠無し)」というのがあり、これは昔からだったようである。

現在の隅田川の花火大会の下は、旧暦の五月二十八日に行われた両国の川開きの花火大会だった。川開きの日には花火を見ようと両国橋の上は大勢の人でごった返していた。そこへ桶の箍(たが)を作る職人、たが屋が仕事帰りに通りかかる。家に帰るためには両国橋を渡ると近いため、花火見物の客の間を強引に通り抜けようとする。時を同じくして、馬に乗ったお殿様がお供の侍を三人連れて向こうから渡ってくる。たが屋は人に押されたはずみでお殿様の前に転び出た。さらに転んだ弾みで道具箱の中の箍がはじけて、馬上のお殿様の笠を弾き飛ばしてしまう。周りの町人はその様子をみて笑い出し、お殿様はカンカンに怒り出す。たが屋は慌てて平謝りに謝るのだが、お殿様は手打ちにすると息巻いている。こうなるとたが屋も開き直り、切れるものなら切ってみろと啖呵を切る。それを聞いて、三人の侍は刀を抜いてたが屋に襲い掛かるのだが、喧嘩慣れしているたが屋は慌てない。一人目の侍から刀を奪って切り倒し、二人目はかがんで相手の腹をついて倒した。三人目の侍は突いてくる時に体をかわして切り倒した。残されたお殿様は馬を降りて、槍を抜いてゆっくりとたが屋に向かってくる。流石にこれまでの侍とは違うぞと周囲の町人がお殿様にモノを投げつけて、たが屋の助太刀をする。お殿様は狙いすまして槍でたが屋を突こうとするのだが、たが屋にかわされ、槍の先を切り落とされてしまう。慌てて刀を抜こうと手をかけた刹那、たが屋がお殿様の首を刀で切り落とす。お殿様の首が中天高く飛ぶ。見ていた見物人が声をそろえて言う。

「た~が屋~」

2024年8月28日水曜日

三代目・古今亭志ん朝の「お見立て」を聞きながら

 「お見立て」は「五人廻し」と同じく喜瀬川花魁が活躍する演目です。登場人物も3人だけのシンプルな噺で、聞きやすくて笑えます。単純かつ一本気の杢兵衛と我儘いっぱいの喜瀬川。そして間に挟まれて苦労しつつも、どこか飄々とした喜助の絡みがとても面白いです。


あらすじ:

遊びの本場は吉原で、他とは全然違うそうです。妓楼には大見世(おおみせ)、中見世(ちゅうみせ)、小見世(こみせ)と三種類があるのだが、最も面白いのは中見世だそうです。通りに面した座敷は張見世(はりみせ)とよばれる格子張りになっており、外から中から見えるようになっている。そこには遊女たちが居並んで座っており、男たちは格子越しに遊女を見て相手を決めて店に上がる。店に入ると若い衆から「どの子をお見立てになりますか」と聞かれるので、好みの遊女を指名する。

今回の登場人物は、「五人廻し」でも出てきた、喜瀬川(きせがわ)花魁となじみ客で田舎者の金持ち・杢兵衛(もくべえ)、そして店の若い衆の喜助の3人。杢兵衛は喜瀬川に惚れているが、喜瀬川は杢兵衛を適当にあしらいつつ口から出まかせの結婚の約束などをしている。

ある時、杢兵衛が店に来ると、喜瀬川が顔も見たくないから出たくないと駄々をこねる。喜助は、杢兵衛を店に上げるときに「花魁がお待ちかねですよ」と世辞を言ってしまった手前、少しでも顔を見せてほしいと頼むのだが、喜瀬川が絶対に嫌だと譲らない。挙句に、自分は病気で入院していて店にはいないと杢兵衛に伝えて帰ってもらうようにと命じる。喜助は渋々承諾し、杢兵衛に伝えるのだが、それならば見舞いに行きたいと引き下がらない。喜助は咄嗟に花魁が入院した時に客が見舞いに行くのは御法度だと出まかせを言って乗り切ろうとするのだが、それでは自分は喜瀬川の兄だという証明書を御内所に書いてもらうようにと頼んで来いと杢兵衛が喜助に詰め寄る。弱った喜助は喜瀬川に泣きつくと、今度は実は喜瀬川は既に死んでおり、もう会うことはできないと伝えろと無茶を言う。喜助は、最初花魁がお待ちかねですよと言い、二度目には入院していると言い、三度目には亡くなったと言うのは流石に無理だと返すが、結局は喜瀬川に押し切られてしまう。喜助は、ウソ泣きをして杢兵衛に喜瀬川が死んだことを伝えると、真に受けた杢兵衛が今度は墓参りに行きたいと言い出す。寺はどこだと杢兵衛が詰め寄るので、喜助がどこにしようか思案していると、山谷かと言われたのでついそうだと答えてしまう。山谷なら近いから案内しろと杢兵衛に言われ、大いに弱ってしまう。再度喜瀬川に相談すると、適当な墓を自分の墓だと偽って大量の線香の煙と大量の花でカモフラージュして、とっとと済ませてしまうように命じる。

喜助は杢兵衛を山谷の適当な寺に連れて行き、なるべく新しい墓をみつけて喜瀬川の墓だと偽り、線香と花でごまかそうとする。しかし杢兵衛にうっかり墓碑銘を読まれてしまい、違うことがばれてしまう。その後も適当な墓へ連れて行くのだが、もはや杢兵衛は疑り深くなり騙されてくれない。次々と違う墓に案内されて、業を煮やした杢兵衛が喜瀬川の本当の墓はどれだと問い詰めると喜助が返す。

「これだけ沢山の墓がありますので、よろしいのをお見立て願います。」

2024年8月25日日曜日

三代目・古今亭志ん朝の「五人廻し(ごにんまわし)」を聞きながら

志ん朝の「五人廻し」も大好きな演目です。7人もの登場人物の演じ分け、軽妙かつハイテンポの話の流れ、とても見事だと思います。この演目の登場人物のうち、喜助・喜瀬川・杢兵衛(もくべえ)の三人は、「お見立て」という別の演目にも出てきます。また、喜瀬川花魁は「三枚起請」でも登場します。どちらも大変面白いです。


あらすじ:

「女郎買い、振られて帰る果報者」という川柳がある。若いうちに遊郭でモテてしまうと、お金の工面などでいずれ身を持ち崩してしまうからモテない方が良いんだ、という意味なのだが、やはりモテたいのが男の性である。関東の遊郭には「廻し」という制度があり、一人の花魁が一晩で複数の客の相手をする。廻しの客にはそれ専用の部屋があてがわれるのだが、その部屋は布団しか置いていない極めて簡素なもので、客は花魁が来るまで夜中まで待たされることがしばしばだった。しかも花魁のわがままで、結局来てもらえないこともあり、しばしば揉め事になる。その仲裁をするのが、女郎屋の若い者であり、花魁と客の板挟みにあって日々苦労が絶えない。この噺の登場人物は、喜瀬川という花魁と、廻し部屋に来た五人の客、そして花魁と客の間をとりもつ若い者の喜助の合計7人。

一人目の客は期待に胸を膨らませて待つのだが、一向に花魁が現れない。仕方が無いので目を開けていびきをかいて寝たふりをしていると、花魁を探して喜助が現れる。不機嫌になった客が喜助を呼び止め、花魁が来ないのなら代金(玉、ぎょく)を返せと迫る。喜助は、それは、廓(くるわ)の法、すなわち廓法(かくほう)で禁じられているのでダメだと突っぱねる。カチンときた客が、「廓法だと、こちとら三つの年から大門くぐってるんだ!吉原の事に関しては知らないことはないぞ」と吉原の由来から女郎の出自、おでん屋のネタから住み着いている犬のふんまで一気にまくしたてる。しまいには「塩をぶっかけて頭からかじるぞ」と悪態をつき、喜助は這う這うの体で部屋をでる。

すると次の間の客から呼び止められ、部屋へ入るといかにも田舎者の客が畳を上げて何かを探している様子。曰く、「今日買った、あまっこが見当たらない」と冗談とも本気ともわからないことを言う。喜助がもてなすも「あまっこが来ないなら玉を返せ!返さないと肥えたごを担いできて頭からぶっかけるぞ」と怒鳴りつけるので、また這う這うの体で部屋を出る。

部屋を出ると「ご廊下をご通行の君」と呼び止められる。もはや悪い予感しかし無いのだが喜助が中へ入ると、何の騒ぎだと聞くので、客に玉を返せと迫られたと話す。すると「玉を返せというのはいけない、男が口にしていい言の葉ではない、昔から傾城傾国(けいせいけいこく)に罪なし、通うまろうどに罪あり、と言う」と一見物わかりの良い様子。しかし、喜助に背中を見せてほしいを言うので、何故かと聞くと、ここに真っ赤に焼けた火箸があるので名前を書いてあげようと物騒なことを言い出す。喜助はびっくりして部屋を飛び出す。

廊下にでると、別の部屋から「そこの小使い!」と声がかかる。部屋へ入ると「何歳に相成る?」と聞くので「四十六歳に相成ります」と答えると、「男子ともあろう者が、四十六にもなって、客と娼妓と同衾するを媒介して何が面白い?意志薄弱からして、かかる巷の賤業夫に身をやつし、耳に淫声を聴き、目に醜態を見る。今日を無念夢想、空空寂寂と暮らしていて今更両親を怨むな」と、説教をしてくる。喜助は御意見ありがたいが御用件はと聞くと、「ここに枕が二つある。一つはむろん我が輩が使用することはわかる。しかしもう一つは誰が使うのか?」と詰問する。そのうえ、四隣沈沈(しりんちんちん)、閨中寂寞(けいちゅうせきばく)、人跡途絶え(じんせきとだえ)、闃(げき)として声無きはちと心細い!と堂々と泣き言をいう。さらに玉を返さないと、上京している故郷の同朋を百人引き連れて押しかけ、首根っこを引っこ抜いて爆裂弾を叩きこむと息巻く。喜助は這う這うの体で部屋を出る。

廊下に出て喜瀬川花魁を探し回っていると、やっと喜瀬川のいる部屋にたどり着く。そこには喜瀬川と馴染み客の杢兵衛(もくべえ)の姿が。喜助が他の部屋も回ってくれと喜瀬川に頼むが、ここから離れたくないと駄々をこねる。杢兵衛は、喜瀬川とは年季が明けたら夫婦(ひいふう)になるから、廻ってやれと自分からも勧めていると余裕たっぷり。喜助が他の客から玉を返せと迫られているというと、「玉返せってか?それは田舎もんだ、そんなんだからあまっこに可愛がられないんだ」と言い出す。喜瀬川が杢兵衛に4人分の玉、合計2円を建て替えてくれれば、この部屋に長くいられると甘えてくる。杢兵衛は嬉々として金を払う。喜瀬川はさらに喜助にも小遣いとして五十銭をやってやれ、と言うので、これは渋々応じる。さらに自分にも五十銭くれというので不思議に思い金を渡すと、「これでこの金は私のモノよね?」と聞いてくるので、そうだと言うと、その金を杢兵衛に戻すので「おらがもらってどうする?」と聞くと、「だからぁ、旦那も一緒に帰って下さいよ」と返す。

2024年8月24日土曜日

三代目・古今亭志ん朝の「黄金餅(こがねもち)」を聞きながら

噺のマクラには、寄席にきたお客さんに差支えの無い話をするコツとして、3ぼう(泥棒、つ○ぼう、吝ん坊)というのが出てきます。特に吝ん坊(ケチ)は絶対に寄席には来ないのだから、うんと悪く言うのだとか。この噺の西念さんもコツコツとお金を貯めた挙句、他人に使われてしまうのだから滑稽な役回りです。

個人的な聴き所としては、下谷山崎町から木蓮寺までの道中を淀みなく一息で語るシーンで、「麻布絶口釜無村の木蓮寺に着いた時には皆大層くたびれた」の台詞の後には毎回思わず拍手をしたくなります。


あらすじ:

上野の下谷山崎町にある貧乏長屋に住む、お坊さんの西念(さいねん)さんは、毎日江戸中を歩きまわって托鉢をして生計を立てていた。ある時、体調を崩して寝込んでしまうのだが、お金が惜しくて薬も飲まなければ、医者も呼ばないので一向に治らない。西念さんの部屋の隣りには金山寺味噌という嘗味噌を売っている金兵衛(きんべえ)さんが住んでおり、仕事の帰りに西念を見舞ってやる。金兵衛は西念に医者や薬を勧めるのだが、西念は金がかかるから嫌だと拒み続ける。そこで、気分転換に何か食べたいものは無いかと金兵衛が聞くと、西念はあんころ餅を一貫ばかり欲しいと言いだす。金兵衛が買ってきてやるからと勘定くれと催促すると、言い出したのは金兵衛だから金兵衛が払うようにと返してきた。金兵衛は渋々承諾して一貫のあんころ餅を西念に買ってやる。

金兵衛は西念に一貫のあんころ餅を見せて食べるように勧めると、西念は他人の見ている前では食えないので帰って欲しいと言う。仕方が無いので金兵衛は部屋に戻り、壁の割れ目から西念の部屋を覗いていると、西念はあんころ餅の餡と餅を分けてしまい、手元から出した汚い頭陀袋をひっくり返して山のような一分銀と二分金をとりだすと、餅にくるんで食べ始めた。どうやら自分の金を残して死んでいくのが惜しいので、あの世まで持っていこうというつもりらしい。西念はすべての餅を飲み込んだところで苦しみだし、金兵衛が慌てて駆けつけて餅を吐き出すように説得するも拒み続けて息を引き取ってしまう。金兵衛は西念のお金の事を知っているのは自分だけだから、どうにかして自分のものにしようと一計を案じる。

ほどなくして金兵衛は大家のもとを訪ねて、西念が死んだこと、西念から今わの際に金兵衛の菩提寺に葬って欲しいと頼まれたことを伝える。大家が金兵衛の菩提寺を尋ねると、麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺(もくれんじ)だと答える。大家は長屋の連中を集めて、明日皆で木蓮寺まで西念を弔いに行こうと提案するが、金兵衛から今夜のうちに運んでしまおうと返される。結局、今夜弔いに行くことになり、長屋の連中が西念の遺体の入った菜漬けの樽(早桶ではない)を担いで出かけることになった。

(この後、下谷山崎町から木蓮寺までの道中の地名を畳みかけるように話します。それは見事なものです。)

木蓮寺に着くなり和尚を呼ぶのだが、和尚はへべれけに酔っている。しかも法要をしようにも貧乏寺で袈裟も払子も何にもない。仕方ないので和尚に風呂敷を被せてホウズキの化け物みたいな恰好をさせて、払子の代わりにハタキを持たせて、茶碗を箸でたたかせて、どうにか経を上げてもらう。和尚は途中で欠伸をしながら、甚だ怪しい御経を読む。弔いが終わったので金兵衛は長屋の皆を返して、寺の台所からコッソリ鯵切り包丁を懐に入れる。

その後、金兵衛は西念の遺体を焼き場(火葬場)まで運び、今すぐに焼いてほしいと頼む。しかし焼き場の作業員(隠亡)からは順番待ちだから明日の朝にならないと無理だと告げられる。金兵衛は散々脅かして、今すぐ焼くように、ただし腹の辺りは生焼けにするようにと注文をつける。

金兵衛は、西念の遺体が焼かれている間、新橋の夜明かしで時間をつぶして、頃合いを見計らって焼き場へ戻る。隠亡を追い払い、隠し持っていた包丁で焼かれた遺体の腹の辺りを探ると、もくろみ通り一分銀と二分金が山のように出てくる。金兵衛は狂喜しながら袂にお金を入れ、隠亡に捨て台詞を吐いて、お骨をほったらかしたまま出て行ってしまう。

こんなことをした挙句に金兵衛は目黒で餅屋を開くと大層繁盛したそうで、「黄金餅」由来の一席でした。


調べた言葉:

「一貫というと千匁」:一貫が3.75キログラム、一匁が3.75グラム(五円玉と同じ重さ)


2024年8月23日金曜日

三代目・古今亭志ん朝の「化け物使い」を聞きながら

志ん朝の「化け物使い」も何度も繰り返し聞きました。割と人使いの荒い職場にいるからでしょうか? こき使われてしまう化け物にも、ついつい感情移入してしまいます。化け物なのに御隠居から「酷い目にあわせるぞ!」と脅かされると、ガタガタ震えるところが可愛らしいです。女のっぺらぼうに針仕事をさせるシーンで、針と糸を器用に使いこなすのっぺらぼうを見て、旦那が「どっかから見てるんだな」と感想を漏らす時の間が絶妙だと思いました。


あらすじ:

本所割り下水に住む吉田さんは、元御家人さんの御隠居で独り暮らし。奉公人を雇っているのだが、あまりの人使いの荒さに誰も数日として居ついてくれない。そのころ日本橋葭町(よしちょう)には千束屋(ちづかや)という大きな口入屋があった。千束屋では吉田さん宅の奉公人の職を斡旋するのだが、御隠居の人となりが知れわたっており、皆及び腰になる。そんな中、杢助(もくすけ)さんが平然と名乗りを上げる。周囲は心配して止めるのだが、自分は心構えが違うのだから耐えて見せると動じない。

杢助さんが御隠居の下へ伺うと、二、三日は目見え、今日は骨休みだと告げられるのだが、舌の根も乾かぬうちに、薪割り、炭の準備、縁の下の蜘蛛の巣払い、天井裏の掃除、塀に書かれた悪戯書きの掃除、どぶ掃除、向こう三軒両隣の掃除、品川の青物横丁まで御隠居の書いた手紙を届け、ついでに千住に回ってくれ、と矢継ぎ早に用事を言いつけられる。しかも、今日は骨休みだからメシは抜きだと告げられる。

そんな人使いの荒い御隠居の下だったが、杢助さんは3年の間立派に勤めあげた。ある時、杢助さんが髪結い床に行くと、親方から御隠居が化け物の出る屋敷に引っ越そうとしていると教えられる。それを御隠居に問いただすと、化け物がでるという噂はあるが屋敷を一目見て気に入ったので、来月に引っ越す予定だと言われる。化け物が何より苦手な杢助さんは、とてもそんな屋敷には住めないから引っ越したら暇をくれと御隠居に願いでる。御隠居は、千束屋に頼めば代わりは幾らでも居るから出ていけと強気に出るが、開き直った杢助さんから千束屋では悪評が広まっているから代わりは見つからないだろうと返される。

杢助さんにはっぱをかけられた御隠居は、代わりの奉公人を探すのだが一向に見つからない。そうこうしているうちに引っ越しの当日になり、杢助さんはたった独りで引っ越し作業から食事の支度まで全てやり遂げて、日暮れ前に逃げるように出て行ってしまった。

引っ越しした晩、御隠居は行燈の灯りで書物を読んでいるのだが、急にぞーっとした寒気に襲われる。ふと気づくと目の前には見知らぬ小僧がお辞儀をしている。顔を上げさせると、なんと一つ目小僧だった。御隠居は驚くどころか、一つ目小僧が出てきたのを幸いと皿洗いから按摩、寝床の用意など次々と用事を言いつける。一つ目小僧は用事を済ませると、いつの間にか消えてしまった。

次の晩もぞーっとした寒気に襲われると、家が大きく揺れ、庭に大入道が現れた。御隠居はこれ幸いと、石灯篭を直させたり、屋根の上の草を抜かせたり、皿洗いや床を延べるように命じる。大入道も用事を済ませると、いつの間にか消えてしまう。

その次の晩は女ののっぺらぼうが現れる。御隠居は女性がいると家の中が華やいで良いと大喜び。さらに着物のほつれを直すように命じるのだが、ほどなくして消えてしまった。

女ののっぺらぼうが大層気に入った御隠居。次の晩は心待ちに待つのだが、待てど暮らせど出てこない。代わりに大きな狸が障子の影から現れる。狸は押し黙って何か考え込んでいる様子。御隠居は、これまで出てきた化け物はすべて狸が化けた姿だったのかと合点する。

半べそをかいた狸が御隠居に暇乞いを願いでる。曰く、「こう化け物使いが荒くっちゃ、とても辛抱なりかねます」


2024年8月22日木曜日

三代目・古今亭志ん朝の「鰻の幇間(うなぎのたいこ)」を聞きながら

鰻の幇間(うなぎのたいこ)という噺を一時期ずっと繰り返して聞いていました。主人公である太鼓持ち(幇間)の一八(いっぱち)のテンポの良い喋りが大好きです。この噺は、太鼓持ちの悲哀を現した噺と言われることもあるようですが、志ん朝版は一八と旦那の騙し合いが軽妙に描かれ、さわやかな印象すら受けました。「野だいこ」である一八が奢ってもらおうとして、逆に奢らされるたかられる内容から、自分の中では「野だいこ狩り」と名付けています。噺のまくらには、幇間の世界で名人と呼ばれた桜川忠七のエピソードが出てきます。座を盛り上げる要諦は、自分で喋らず、お客に喋らせること、といった含蓄のある話が出てきます。


あらすじ:

主人公は、師匠を持たない幇間(野だいこ)である一八(いっぱち)。毎日ヨイショして御足をもらえるお客さんを求めて、お宅へ伺ったり(穴釣り)、道を行く立派な風体の旦那を捕まえてはゴチにあずかろうと頑張っている(丘釣り)。ある日、一八が通りを歩いていると、向こうから浴衣がけの旦那がニコニコしながら一八の方へ歩いてくる。一八は誰だか思い出せないが、ともかくお客になりそうだというので調子を合わせて旦那をヨイショする。旦那は最初は嫌がっていたが一八に根負けして鰻を御馳走すると言い出す。これはしめたと一八さんは喜ぶが、連れていかれたのは古ぼけて汚い鰻屋さん。


店の中に入ると、旦那から先に二階の座敷に上がるように言われる。しかし店員の案内も無く、階段は急で部屋も汚い。一八は悪態をつきつつも座敷に座って旦那を待つ。ほどなくして旦那が上がってきて二人で鰻を食べ始める。そのうちに旦那が厠へ行くというので中座してしまい、座敷には一八が独り残される。一八は旦那が誰だったか思い出そうとするのだが、やはり思い出せない。待てど暮らせど旦那が一向に戻ってこないので、お迎えに上がろうと厠へ行くが、旦那はすでに帰ったと店員から告げられる。一八は、これは自分に気を遣わせないように先に勘定を済ませてくれたのだと早合点し、嬉々として酒を飲み始める。


ところが旦那からの心付けを期待して店員に探りを入れると、実は会計すら済んでいないことがわかる。ここで自分が旦那に嵌められたことがわかり、がっかりする一八。途端に店員に酌を求めたり、座敷の掛け軸に文句を言ったり、鰻や漬物が不味いと悪態をついたり、態度を豹変する。その後、渋々会計に応じるも、請求額は9円75銭。たった2人前の鰻とお銚子が少々で高すぎると一八が店員に文句を言うと、「実はお連れ様がおみやを3人前お持ち帰りになりました」とのこと。あまりの手際の良さにぐうの音もでない一八。着物を新調しようと貯めていた十円札で会計を済ませ、とぼとぼと玄関に行くが自分の下駄がない。下足番に事情を聴くと、旦那が履いて帰ってしまったとのこと。仕方がないので旦那の履いていた草履を出せというと、「新聞紙にくるんでお持ち帰りになりました」と返される。

2024年8月21日水曜日

三代目・古今亭志ん朝の「火焔太鼓(かえんだいこ)」を聞きながら

以前にも書きましたが、仕事中は良く落語を聞きっぱなしにして文章を書いたりしております。三代目・古今亭志ん朝さんの火焔太鼓も良く聞く演目の一つです。話の途中で太鼓の代金である300両を50両ずつ渡すシーンがあるのですが、台詞の間といい、テンポといい、絶品だと思います。


火焔太鼓

あらすじ:

主人公は、古道具屋の甚兵衛さん。ちょっと呑気な人でいつも損ばかりしており、気の強いかみさんの尻にしかれている。

ある日、甚兵衛さんが市にいって古くて汚い太鼓を安く仕入れてくるが、かみさんに見せると、そんなものは売れやしないと叱られてしまう。ところが仕入れた太鼓を店先で埃を払っていると、不思議なことに自然と音が鳴りだした。その音をたまたま近くを籠で通行していたお殿様がお聞きになり、お付きの者からどのような太鼓か見たいから屋敷にもってくるように伝えられる。それを聞いて甚兵衛さんは大層喜ぶが、かみさんはこんな汚い太鼓を見せたら先方の怒りを買って屋敷で折檻されるだろうと脅かす。

甚兵衛さんがお殿様の屋敷に太鼓を持参して、ビクビクしながら太鼓を差し出すと、お殿様はこの太鼓は火焔太鼓というこの世に2つとないもので、是非買い受けたいと願いでる。お殿様の家臣とのやり取りの末、300両で話がまとまるが、甚兵衛さんはあまりの高額に気が動転してしまう。

300両を受け取った甚兵衛さんは家に飛んで帰り、かみさんに事の顛末を告げる。かみさんは最初は信用していなかったが、甚兵衛さんから300両を見せられ腰を抜かさんばかりに動転する。興奮した二人が次に何を仕入れるかという話になり、今回上手く行ったのは音が出るものだったからなので、次は半鐘にしようと甚兵衛さんが提案するが、かみさんから「半鐘はいけないよ、おじゃんになるから」と返される。


調べた言葉:

「初午(はつうま)」:2月の最初の午(うま)の日。全国のお稲荷さんでお祭りがあった。

甚兵衛さんがおかみさんから「太鼓というのは際物といってね、お正月だとか初午前だとかしか売れないんだよ!お前さんにあつかえるかい!」と叱られる。

2022年10月14日金曜日

三代目・古今亭志ん朝の「井戸の茶碗」を聞きながら

 お年柄デスクワークが多いのですが、仕事中は大体Youtubeの音楽や落語などを聴き流しながら進めております。最近のマイブームは昭和の落語家、三代目・古今亭志ん朝の落語を聞くことです。自分が幼いころに聞いていた落語家さんで、懐かしさも相まって心地よく聞かせていただいています。軽妙かつハイテンポのしゃべくりの中で、見事な演じ分けに感心することしきりです。大事なところの間も絶妙で、仕事をしながらも、ついつい引き込まれてしまいます。しかし江戸時代の風俗や言葉遣いなどについて、所々わからない言葉などが出てくるので、折角なので調べて載せておこうと思います。

お気に入りの演目の一つが井戸の茶碗です。

井戸の茶碗

あらすじ:

屑屋の清兵衛(せいべえ)さんは周りから「正直清兵衛」と呼ばれるほどの正直者でした。いつものように裏長屋を流して歩いていると、身なりは粗末ながら感じの良い娘さんに呼び止められる。娘さんの後をついていくと、娘さんの父親から屑を買ってほしいと言われる。清兵衛さんが屑を8文で買うというと、父親からはお金がもっと入用なので仏像を200文で買ってくれと頼まれる。目が利かないから扱えないと清兵衛さんは断るが、どうしてもと頼むので根負けして引き取る。何でも父親は千代田卜斎(ちよだぼくさい)と言い、かつては武士だったが現在は浪人しているとのことだった。

清兵衛さんが仏像を籠に入れて流していると、細川様の御窓下を通った時に、窓からお侍さんに声をかけられる。何でもお侍さんは高木作左衛門(たかぎさくざえもん)と言い、仏像が気になるから見せてほしいと言う。清兵衛さんが高木氏に仏像を見せると、大層気に入り300文で買ってくれた。ところが高木氏が仏像を磨いていると、台座の紙が剥がれて中から50両もの金が出てきてしまい困惑する。高木氏は、自分は仏像は買ったが中の小判は買っていないと言い出し、清兵衛さんを探そうと窓の下を通る屑屋を片っ端から顔を改めるようになる。

当時、清正公様の境内には掛茶屋があり、お昼時になると近くを回っている行商人が集まってきて弁当を使って一服するのが慣習になっていた。その中で細川様のご家来が屑屋を探していることが話題になり、きっと仇討ちだろうと噂をしていると、清兵衛さんが現れ仏像を売った事を話す。すると仲間からは、仏像の首が折れたから手打ちにしてやろうとしているのではないかと散々驚かされる。清兵衛さんがビクビクしながら黙って御窓下を通ろうとするのだが、長年の習慣でつい「くず~い~」と掛け声を発してしまう。その声を聞きつけた中元の良助につかまり高木氏の前に引き出される。清兵衛さんが首をはねられるとおびえていると、高木氏から仏像の中から出てきた50両は自分のものではないので元の持ち主に返してほしいと頼まれる。清兵衛さんが千代田氏のことを話し、千代田氏も喜ぶだろうと快く引き受ける。

ところが千代田氏の方では売ってしまったのだから50両は高木氏のものであると言い、お金を受け取ろうとしない。そのことを高木氏に告げると、高木氏も自分は仏像は買ったが中の小判は買っていないと頑なにはねつける。間に挟まれて弱ってしまった清兵衛さんが千代田氏の長屋の大家さんに相談すると、大家さんの取り計らいで清兵衛さんが10両、千代田氏が20両、高木氏が20両受け取る方向で話がまとまりかける。しかしここでも千代田氏だけは納得しない。そこで大家さんが一計を案じて、千代田氏から高木氏に何かを差し上げて、その対価として20両を受け取ることにしたらどうかと提案をする。千代田氏は渋々承諾し、普段使っている汚い湯飲み茶わんを高木氏に差し上げてお金を受け取る。

このやり取りの評判が細川家中に広まり、感心したお殿様が高木氏の目通りを許した。そこで高木氏が受け取った汚い湯飲み茶わんを殿様に差し出すと、そばにいた目利きの商人が茶碗を拝見し、これは非常に貴重な「井戸の茶碗」だと驚愕する。お殿様は茶碗が気に入り、高木氏から300両で召し上げてしまった。高木氏は300両を前にして、元々は千代田氏の茶碗であるからお金を全部は受け取れないと困ってしまう。そこで清兵衛さんを再度呼び出し、千代田氏に150両受け取らせるようにと命じる。清兵衛さんは嫌々ながら引き受け、150両をもって千代田氏を訪ねる。最初は頑なに受け取りを拒否していた千代田氏だったが、ふと高木氏は独り身かと清兵衛さんに尋ねる。清兵衛さんがそうだと告げると、千代田氏は高木氏の人柄を評価し、娘を嫁がせたい、もし御内儀にしてくれるなら支度金として受け取る、と申し出る。清兵衛さんがこのことを高木氏に告げると、高木氏も承諾する。喜んだ清兵衛さんが、娘さんの事を評して「今は裏長屋でくすんでいますが、こちらに来て磨いてごらんなさい。イイ女になりますよ」というと、高木氏が「いや、磨くのはよそう。また小判が出るといけない」と返す。


調べた言葉:

「売卜(ばいぼく)」:お金をもらって占いをする、要するにプロの占い師。卜斎の台詞に『昼は近所の子供たちを集めて素読の指南をし、夜は売卜を生業としているが、十日ばかり前に雨に打たれたのが元で風邪をひいてしまって…』というのがあります。

「清正公(せいしょうこう)様の境内」:東京都港区にある覚林寺(かくりんじ)の境内のこと。加藤清正を祀っているので清正公様の愛称がついている。