2024年10月10日木曜日

今年のノーベル化学賞について思ったこと

今年(2024年)のノーベル化学賞には、蛋白質工学の大家であるワシントン大学のDavid Baker教授、AIを用いた蛋白質の立体構造予測ソフトウェアAlphaFoldの開発者であるDeepMind社のDemis Hassabis氏、John Jumper氏の三氏が選ばれました。

David Baker教授は小生と年齢がそれほど変わらないのですが、私が学位を取って何とかポスドク研究員になった時には、既に教授としてNature誌やScience誌に続々と論文を発表されていました。特にDe novoにおける人工的な蛋白質デザインのセンスが素晴らしく、最近では天然には存在しない人工の機能性蛋白質を一から創出されています。この手の蛋白質工学的な仕事をする人は昔から沢山いるのですが、(自省的な意味を込めて言いますが)ともすると自己満足に陥りがちで、他の分野の生物学者を満足させる研究にはなりにくい印象があります。しかしDavid Baker教授の仕事は洗練されていて生物学的意義も大きく、いつも感心させられます。

また蛋白質の立体構造予測のソフトウェアであるAlphaFoldですが、このソフトウェアが出る前後では構造生物学分野の状況が一変したと言っても過言ではない、本当に革命的なソフトウェアです。小生は実験を生業にしている構造生物学者ですが、AlphaFold以前の立体構造予測と言ったら、難しい理屈を並べた割には実に頼りないもので、その精度は信頼できるものではありませんでした。それ故に、無いよりまし”Better than Nothing”的な扱いだったと思います。それが、2020年にAlphaFold2が発表されるや否やその精度の高い予測で一大センセーションを巻き起こしました。現在もどんどん改良が続いており、新しい地平を切り拓いた偉業であることは間違いないと思います。驚くべきは、Demis Hassabis氏は2016年に囲碁の世界チャンピオンを破ったソフトウェア、AlphaGoの開発者でもあることです。当時、チェスよりも遥かに複雑なプロセスを必要とする囲碁は強力なソフトウェアを開発するのが難しいとされていましたが、AlphaGoによってその固定観念が打ち破られました。凄い人は色々な方面で世界を動かすのだと感心します。


余談ですが、私はくじらやで夕食を食べた後は阪大吹田キャンパス内を散歩するのが日課なのですが、昨日は大阪大学の本部裏の駐車場にテレビの中継車と思しき車が止まっているのを見かけました。こうした光景は、過去に在籍した理化学研究所でも東京大学でもこの季節になると見られました。もし受賞者がいれば、即座に取材しないといけないですし、それ以外の場合でも受賞内容について解説のための映像を取らないといけないですから、マスコミの方も、それに対応する広報の方も忙しいのだと推測されます。以前、受賞の候補に挙がった先生からお聞きしたのですが、ノーベル賞の発表はかなり直前なのだそうです。それ故に、受賞が有力視されている先生が在籍されている研究機関では、いざという時に備えて事務担当者は毎年スタンバイしていると聞きました。受賞した人、逃した人、周囲の人、それぞれこの季節には色々なドラマがあるのだと思いました。