2024年12月29日日曜日

「地面師たち」(新庄耕著、集英社文庫)が面白かった

新幹線のお供に新大阪駅の本屋で買った「地面師たち」ですが、最初から最後まで引き込まれっぱなしで、列車に乗っている間に一息で読んでしまいました。この作品は、Netflixのドラマの原作で、闇にうごめく地面師たちが大企業相手に不動産詐欺を仕掛けるサスペンスものです。

元ヤクザでグループのボスのハリソン山中と、身内が起こした事件で家族を失った拓海。この2人を中心に怪しげな詐欺師たちが結託して、あの手この手で相手の企業を欺いていきます。ついには泉岳寺の宗教施設の土地取引で、一流企業に巨額の詐欺事件を仕掛けます…ネタバレになると申し訳ないので、これ以上はあらすじは書きません。実際に読んでいただければと思います。とにかくアクの強いキャラクターが次々と登場して、それらが作中で生き生きと悪事を働くさまが清々しささえ感じさせます。特にハリソン山中の頭のネジがぶっ飛んだ言動が強烈なインパクトを受けました。まさか最後がああなるとは。

この作品はモチーフになる実際の詐欺事件があるそうで、それが東京・五反田で廃旅館「海喜館」の土地売買に絡んで積水ハウスが騙された事件だそうです。本作は、それをベースに濃い~人物を詐欺師側にも企業側にも捜査する警察側にも次々と入れ込んで、見事な活劇になっています。

途中、昼寝することも、富士山をみることも忘れて没頭して読んでしまいました。



2024年12月24日火曜日

今年もM-1グランプリが面白かった

毎年楽しみにしているM-1グランプリですが、今年もすごく面白かったです。令和ロマンが2年連続First roundのトップバッターから優勝したのは圧巻でした。緻密に計算されつくした漫才は、頭の良さを感じさせて感服です。個人的には、籤で令和ロマンを最初に引いてくる柔道の阿部選手の「持っている」感じが流石だと思いました。やっぱり世界チャンピオンに輝く人は、そういう強烈な引きを持っているのだと感心しました。準優勝だったバッテリィズは、今年のM-1で初めて見たのですが凄いインパクトでした。会場を沸かせた点では一番だったのではないでしょうか。審査員の方も口々に言われていましたが、難しいことを考えなくてよいシンプルな漫才がとても新鮮でした。個人的には、3位になった真空ジェシカのちょっと毒のある笑いが大好きです。First roundの商店街の漫才は、何度も再生してみてニヤニヤしています。勿論これまで3年間にやられていた、一日市長とかB画館とか高齢者の人材センターとかのネタも大好きです。

別に普段は漫才とかをあまり見ないのですが、賞レースはついつい見てしまいます。また次の大会が楽しみです。

《結果の抜粋》

First round

第1位:バッテリィズ 861点

第2位:令和ロマン 850点

第3位:真空ジェシカ 849点

第4位:エバース 848点

第5位:ヤーレンズ 825点

第6位:トム・ブラウン 823点

第7位:マユリカ 820点

第7位:ダイタク 820点

第9位:ジョックロック 819点

第10位:ママタルト 812点


Final round

優勝:令和ロマン 5票

準優勝:バッテリィズ 3票

3位:真空ジェシカ 1票

2024年12月22日日曜日

今年の全国高校駅伝をテレビ観戦

今年も京都で全国高校駅伝(第36回全国高校駅伝・女子、第75回全国高校駅伝・男子)が行われました。結果は、女子も男子も長野県のチームが優勝しました。女子の長野東高校は2年ぶり2回目、男子の佐久長聖高校は2年連続4回目の優勝でした。長野県は伝統的に駅伝が強いですね。どちらのレースも終盤までもつれる展開で見ごたえがありました。特に男子のレースは、宮城県の仙台育英高校と福岡県の大牟田高校とのし烈な優勝争いに興奮しました。

我が故郷の茨城県からは、女子が茨城キリスト教学園高校と水城高校、男子が水城高校と水戸葵陵高校がそれぞれ代表として出場しました。それぞれ2校あるのは、県代表に加えて北関東地区代表の枠も獲得したからです。結果は、女子が19位(茨城キリスト教学園高校)と31位(水城高校)で、男子が11位(水城高校)と27位(水戸葵陵高校)でした。中でも男子の水城高校は県予選を大会記録で勝ち上がってきただけあって、全国の舞台でも実力を発揮され、茨城人として嬉しい限りです。もう都大路も2年ぶり18回目の出場となり、すっかり名門ですね。OBも箱根駅伝で活躍する選手も多いですし、特に黒崎播磨に所属している細谷恭平選手(水城高校→中央学院大学)はマラソンで日本代表が狙える位置につけています。茨城出身の駅伝ファンである私は今後も地元の高校とその卒業生を応援していこうと思います。

《結果の抜粋》

女子(21.0975km)

第1位:長野東高校(長野県)1時間07分27秒

第2位:仙台育英高校(宮城県)1時間07分45秒

第3位:大阪薫英女学院高校(大阪府)1時間08分05秒

第19位:茨城キリスト教学園高校(茨城県)1時間10分58秒

第31位:水城高校(茨城県・北関東代表)1時間11分48秒


男子(42.195km)

第1位:佐久長聖高校(長野県)2時間01分33秒

第2位:大牟田高校(福岡県)2時間01分57秒

第3位:仙台育英高校(宮城県)2時間02分39秒

第11位:水城高校(茨城県)2時間05分48秒

第27位:水戸葵陵高校(茨城県・北関東代表)2時間08分32秒


2024年12月21日土曜日

HD-2D版『ドラゴンクエスト III そして伝説へ…』をやってみて

毎日、隙間時間を見つけてはSwitchのHD-2D版ドラゴンクエストIII(ドラクエ3)を少しずつ進めています。ドラゴンクエストIIIは、私が小学生の時にファミリーコンピューター(ファミコン)のソフトとして発売され、社会現象になったと言われたほどに流行したゲームです。その後、スーパーファミコンをはじめとする後継ゲーム機に移植され、ついにSwitch版が出ました。私は初代からずっとやり続けているのですが、今回のSwitch版は驚きの連続でした。

まず最初のキャラクター設定で性別の設定が無くなっていて驚きました。全部男だと思って、適当にビジュアルで主人公のキャラクターを決めていたら、女の子になってしまいました。おお、こんなところにアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)が!と驚きました。職場で研修を受けていたのに、思いが至りませんでした。
また、ドラクエ3の楽しみと言えば、フィールドのあちこちにあるツボや樽、家の引き出しやタンスを丹念に調べて、小さなメダルなどのアイテムを収集するところだと思っていたのですが、今作はそもそも調べられる所にしか、「調べる」というコマンドが出てこないことにも驚きました。まあ、便利と言えば、便利なんですが、どこにあるかわからないのをひたすら探すのも醍醐味だったように思います。これも昭和のオジサンのボヤキですかね。たしかに、ドラクエ2では、海のどこかに沈んでいるという情報を基に財宝を探すミッションとかは自力で見つけるのは大変でしたしね。
あと、ゲームオーバーになった時に、直前のオートセーブで復元できるのも便利ですが、ここにも昭和のノスタルジーから複雑な感情が湧いてきます。40年近く前はセーブ機能がないため、王様に「ふっかつのじゅもん」を教えてもらって、次の再開時に入力しておりました。画素数の粗い文字は大変見づらく、広告の裏紙にメモしたはずの「ふっかつのじゅもん」がどうやら書き間違えたようで、二度と復活しなくなってしまった時は、世の中の厳しさを痛感したものです。もうそういう事を感じることが無くなったのですね。まあ、便利ですけど。

ドラクエ3は、様々なキャラクターと4人でパーティーを組んで冒険します。私は、4人のパーティーの中に賢者を2人加える、自称「ダブル賢者体制」で挑むのが好きです。今回もようやくパーティーに加えた賢者が育ってきて、冒険が軌道に乗ってきました。ドラクエ3では、普通は最初の段階で職業を決定できるのですが、賢者だけは特殊な職業で、レアアイテムである「さとりのしょ」を入手するか、全く言う事を聞かない「あそびにん」をパーティーに加えて、Lv.1から我慢してLv.20まで育てる必要があります。「さとりのしょ」は滅多に手に入らないので、遊び人を地道に育てることで賢者にしました。しかし、遊び人は全く戦力にならないので他のメンバーの負担が大きくて苦労しました。4人のパーティーのうち、自分自身である勇者と賢者2人、あと一人は今回のSwitch版で追加された職業である「まもの使い」にしました。魔物使いは、MPが少ないのですが、全体攻撃ができるためかなり有用でした。

もう何度もプレイしているせいか、ストーリーは過去のうろ覚えの記憶で攻略を進めてしまったりするので、時々ストーリーの順番が逆転しておかしなことになっています。例えば、サマンオサ城にいる強敵、ボストロールとの闘いをジパングの洞窟やムオルの村よりも先に挑んだ結果、パーティーが強くなりすぎてしまい、その後に戦ったジパングのボスであるヤマタノオロチや、ムオルでグリーンオーブを守る悪魔が完全にザコ敵になってしまって、申し訳ない気持ちになりました。彼らは正規の順番で行くと、強敵なんです。

2024年12月11日水曜日

いつまでもドラクエ《昭和のオジサンの回想》

私が小学校低学年の時分はゲームウォッチという、今のスマホくらいの大きさの白黒画面の携帯ゲーム機が流行しておりました。小さな画面の右と左にボタンが付いていて、キャラクターを動かして適切なタイミングでボタンを押して障害物を避けたり、敵を倒したりする、ごくごく単純なゲームでしたが、スピードが上がると一気に難易度が上昇するので、結構楽しいものでした。当時は、ドンキーコングやマンホールなどのゲームが人気だったと思います。しかし如何せん1台のゲーム機では1種類のゲームしか遊べないので、飽きてしまうと次のゲーム機本体を買う必要があることと、基本的に1画面固定のゲームでグラフィックも棒人間のような簡単なものしかなかったと記憶しています。

そんな状況だった1983年に任天堂が初代ファミリーコンピューター(ファミコン)を発売した時の驚きは今も鮮明に覚えています。当時の任天堂と言えば、花札のメーカーというイメージでした。その会社が綺麗なカラーの画面で、ゲームセンターで遊ぶようなゲームが入ったカセットを次々と発売したので、当時の小学生は飛びつきました。同時期にはエポック社(カセットビジョン、1981年発売)や、セガ(SG-1000、1983年発売)が同じようにカセットを差し替えて遊べるゲーム筐体を出していたのですが、私の界隈では圧倒的にファミコンのシェアが高かったです。私はというと、残念ながら買ってもらえなかったので、友達の家をハシゴして遊んでいました。性根が図々しいので当時は何とも思わなかったのですが、今にして考えると迷惑なガキですね。

初期のカセットとしては、マリオブラザーズやテニスなどを近所の友達の家で皆で遊んだ記憶があります。その後、シューティングゲームの傑作、ゼビウスや、アドベンチャーゲームの名作、ドルアーガの塔などを遊んでいるうちに、次から次へと魅力的なソフトが増えていきました。

そんな中で1985年に発売されたのがドラゴンクエスト(ドラクエ)でした。故・すぎやまこういちさんの素晴らしい音楽、故・鳥山明さんの愛らしくも恰好良いモンスター、堀井雄二さんの細部まで計算されたシナリオ、すべてが別格に感じました。ロールプレイングゲームそのものが珍しかった時代なので、自分の分身が少しずつ強くなり、徐々に強い敵を倒せるようになり、最後には世界を苦しめる竜王を倒して、世界に平和を取り戻す、というストーリーに強い感銘を受けました。同級生の家で最初から最後まで見届けた感動は今も忘れられません。何といっても、自分ではゲームを持っていないだけに、憧憬を持って心に深く刻まれました。

また、ゲームに付随して強く印象に残っているのが、復活の呪文でしょうか。当時のファミコンはセーブ機能がなかったので、ドラクエでは平仮名の復活の呪文というのがあり、その文字の並びによってゲームの状態を記録させていました。ゲームを終えるときには、最初のお城に戻って王様から復活の呪文を聞き、それをプレーヤーは紙にメモし、次に遊ぶときは最初に前回メモした復活の呪文を入力することで、ゲームを再開していました。この復活の呪文というのが、結構長く、1文字でも間違えるとゲームが再開できません。当時のファミコンのグラフィックの画素数とブラウン管テレビの解像度だと、「ぶ」と「ぷ」などの細かい文字を正確に判別するのは難しく、当時は何度もメモのミスもしくは入力ミスで地獄に落ちることがありました。

そんなこじらせた昭和のオジサンは、大人になってからドラクエ1~8+11を延々とやり続け、先日はついついSwitch用のドラゴンクエストIIIを買ってしまいました。もうゲームの内容は隅々まで知っているはずなのに。私の中では、今でもドラクエは一種独特の魔力があります。今度の週末から遊ぶ予定なので今から楽しみです。

2024年12月7日土曜日

「カグラバチ」(外薗健著、ジャンプコミックス)第5巻が面白かった

楽しみにしていた漫画、カグラバチの第5巻が今月4日に発売されたので、早速買って読みました。月並みな表現ですが、今度の巻もメチャメチャ面白かったです。ネタバレになってしまうのが申し訳ないので書きませんが、楽座市(らくざいち)編が完結して感動しました。まさか、あんな展開になるとは。楽座市編のあとは直ぐに新しい章に突入して、すぐに怒涛の展開になりました。次の巻が待ち遠しいです。1巻からずっと買っていますが、絵もテンポもどんどん良くなっていると素人ながらに思います。付録の絵葉書をみて初めて知りましたが、「カグラバチ」は漢字で書くと「神楽鉢」なんですね。

オジサンが時代だな~と思うのは、主人公一味が新しい作戦に入る時に、敵対していた巨大組織「神奈備(かむなび)」の幹部会議に出席して相手と論戦をするシーンがあるところですね。同じようなシーンは、私の好きな別の漫画「ワールドトリガー」にもあります。どちらの漫画も、主人公達がちゃんと組織の幹部と議論して、自説を相手に納得させ、自分たちに有利な展開を引き出すというのがあります。昭和の脳みそ筋肉な漫画だと、人智を越える強大な力で組織ごとぶっ潰す、となりそうです。リアリティを感じると同時に何かと気苦労の絶えない現実が反映されているような気もしました。

ともあれ、次の6巻は来年2月に発売予定ですね。それまで1~5巻の5冊を繰り返し読もうと思います。

(第4巻の感想はこちらです。)

特別付録の絵葉書です。かっこいい!


12月でも大阪は未だ紅葉

今日は日本海側や北海道で大雪のニュースが流れているのですが、大阪の北摂地域では未だ紅葉が見頃な段階です。今日は天気も良いので、阪大吹田キャンパス周辺の紅葉スポットである三色彩道は写真のように青空に色が映えて綺麗でした。二十四節気によると12月7日は大雪だそうです。大雪は流石に困りますが、大阪ももっと冬らしく寒くなって欲しいです。





2024年12月3日火曜日

長崎の海沿いをジョグ!

長崎に出張して、朝から夕方までみっちりミーティングに参加してきました。その代わり、夕食後は少し時間ができたので、長崎駅近くの海沿いの公園を6キロほどジョグしてきました。一日中、座りっぱなしだったので体がほぐれて気持ち良かったです。適当に走れそうな場所を見つけて走ったのですが、とても走りやすく、周囲にはジョガーが沢山いました。どうやら定番
のスポットだったようです。景色もとても綺麗でした。良き旅の思い出になりました。












江戸の敵を長崎で、ってどこで使う言い回しでしょうか

出張で長崎に行きました。しかも好き好んで大阪から6時間近くかけて新幹線で。午後に新大阪から山陽新幹線で博多へ行き、特急みどりに乗り換えて武雄温泉駅に行き、新幹線かもめに乗り換えて長崎駅に着いた時には夜になっていました。次の日は朝から仕事です。着いて早々ホテルで寝ました。

新大阪駅は開業60周年だそうです。


それでこれが博多駅です。ここに降りるのは何年ぶりだろう。


武雄温泉駅から長崎駅まで乗った西九州新幹線かもめです。初めて乗りました。


ああ~、長崎は~今日も~雨だった~♪って、昭和の歌を引用してみました。実際は下記のように晴れてくれて良かった。



2024年12月2日月曜日

「ロウソクの科学」(ファラデー著、渡辺政隆訳、光文社古典新訳文庫)を読んで

出張で移動中に有名な「ロウソクの科学」を読みました。この本は、ノーベル医学生理学賞を受賞された大隈先生やノーベル化学賞を受賞された吉野先生などが幼少期に影響を受けたという、科学者には霊験あらたかな名著です。

著者のマイケル・ファラデー(1791~1867年)は19世紀にイギリスで活躍した科学者で、貧しい身の上から驚異的な努力で化学と物理学で数々の業績を成し遂げた人物です。特に、電磁気学におけるファラデーの法則が有名ですが、ベンゼンの発見や塩素をはじめとする諸元素の液化などの化学領域でも大きな業績があります。また聞きによる知識ですが、ファラデーは実験の技術が極めて高く、理論ベースと言うよりは実験ベースで発見を重ねた人物と聞いたことがあります。この本は、そんなファラデーが、1860年にロイヤルインスティテューションでクリスマス休暇に少年少女向けに行った6回にわたる講演を書籍化したものです。内容は、ロウソクの構造から様々な物質の燃焼反応、水の生成と性質、気体(水素、酸素、窒素、二酸化炭素)の性質、大気の性質、呼吸と燃焼の関係など多岐に渡ります。驚くべきは、その大半を実験をしながら実演して見せた所で、単なる知識の習得にはとどまらない素晴らしい講義だと思います。

1860年というと電磁気学ではマックスウェル、熱力学ではジュールなどがバリバリ現役のときですね。この中で「ロウソクの科学」は、ロウソクという身近な素材を出発点にして、当時の最先端の科学まで平易に解説した講義と言えます。確かに幼少期に出会えていれば今よりマシだったかも。





昭和のオジサンはダンダダンに惹かれる

このクールのアニメですが、最初はブルーロックとチ。を見始めたのですが、ネットニュースに踊らされてダンダダンも途中から見るようになりました。そうしたら思いのほか嵌っております。本作品のオープニングのシルエットが初代ウルトラマンのオープニングへのオマージュというのはニュースの記事で知っていたのですが、物語中に出てくるセルポ星人のデザインが、ウルトラマンをはじめ数々の怪獣をデザインした巨匠・成田亨さんが生み出した三面怪人ダダとペガッサ星人を足して2で割ったようなものだったり、私のような昭和の特撮ファンを刺激する要素にあふれていて嬉しくなりました。他にもドリフターズのコントでおなじみのタライが頭に落ちてきたり、昭和生まれには嬉しい限りです。極め付きは、前回の放送の中で「24時間働けますか」のキャッチコピーで知られた「Regain」の歌が出てきて思わず感動してしまいました。今の若者は絶対わからないでしょうから、あの部分は我々のようなロスジェネ世代をターゲットにしているのでしょうか。あの歌が流行したのは1989年で、バブル景気(1986年~1991年)の真っ最中です。当時私はまだ子供でしたが、あの時代の一種異様な熱気は今も鮮明に覚えています。Regainの歌は、時任三郎さん演じる牛若丸三郎太がCMの中で歌ったもので、「24時間働けますか?」は、まさに時代の空気を代弁したものでした。嗚呼、懐かしい!

2024年12月1日日曜日

福岡国際マラソン2024をテレビ観戦した

今日はテレビで福岡国際マラソン2024を観戦しました。今回の招待選手には、駒澤大学出身でトヨタ自動車の西山雄介や、同じく駒澤大学出身でJR東日本の其田健也選手、東洋大学出身でトヨタ自動車の西山和弥選手、青山学院大学出身でGMOの吉田祐也選手といった、箱根駅伝やニューイヤー駅伝を沸かせた名選手が多く含まれていて、駅伝マニアにはたまらない顔ぶれでした。

レースの序盤は1キロを2分58秒のハイペースで進みますが、あまりに高速なのかペースメイクがやや安定しない印象でした。その中で、西山雄介選手と吉田選手らが積極的に先頭集団を引っ張っていきますが、25キロ過ぎに西山雄介選手が徐々に先頭集団から離れます。その後、30キロでペースメーカーが外れると、吉田選手とイスラエルのゲタホン選手の一騎打ちになり、そこから吉田選手が加速して一気に先頭に躍り出ます。先頭に出てからの吉田選手の加速は見事で、1キロごとのラップも3分を切っていました。一方、西山雄介選手も意地を見せて徐々に追い上げ35キロ過ぎには2位に躍り出ます。その後、吉田選手は全くスピードが衰えず、コースレコードおよび日本人歴代ベストタイムの2時間5分16秒(トータルでも日本歴代3位!)で優勝し、西山雄介選手は2時間6分54秒の2位でした。吉田選手は、あと少しで日本記録(2時間4分56秒)が更新できるところでした。西山選手も同じ駒澤大学出身の藤田敦史選手(現・駒澤大学駅伝監督)が2000年に出した日本選手コースレコードの2時間6分51秒に迫る記録で見事でした。

レース後の吉田選手の涙のインタビューには感動しました。マラソンは長期間に渡る過酷なトレーニングが必要なうえに、当日の緻密な戦略とそれに対応可能なコンディション調整が求められるため、頻繁にレースに参加するのが難しい競技です。(中には川内優輝選手のように異次元の能力を発揮する選手もいますが…)それだけにプレッシャーは凄いのだろうと素人ながらに感じております。今回の優勝で福岡国際マラソン2勝目、ということで記録にも記憶にも残る見事なレースだったと思います。


記録の抜粋

1位:吉田祐也選手 2:05:16

2位:西山雄介選手 2:06:54

3位:パトリックマゼンゲ・ワンブイ選手 2:08:28

4位:其田健也選手 2:08:52

5位:二岡康平選手 2:09:46

6位:ヴィンセント・ライモイ選手 2:09:51

7位:ビダン・カロキ選手 2:10:18

8位:吉岡龍一選手 2:10:50

9位:西山和弥選手 2:11:33

10位:田中飛鳥選手 2:12:13