寒い冬の日に聞きたくなる噺です。一緒に暖かいお鍋をつついているような気分になります。夜回りしている間の火の用心の掛け声の調子だったり、見事なものです。
あらすじ:
冬になると江戸は良く大火に見舞われ、多くの損害を被った。このため各町内にも火の番をする番小屋があり、番太郎、詰めて番太と呼ばれる人たちが見張りをしていた。この番太になろうと言う人は血気盛んな若者などではなく、血気なんてものは何十年も前に無くしてしまったようなお年寄りが多かった。また道楽がもとで人生やり過ごししてしまった人も多かった。そんな感じなので誠に頼りなく、ボヤで済んだものを番太が寝過ごしたために大火にしてしまった、などと言う事もあったそうだ。そこで、町内の旦那連中が集まり皆で夜回りをすることがあり、さらにそれを見回る町役人もいた。
今夜も町内の旦那連中が集まって火の回りをするのだが、月番が二手に分けて順繰りに夜回りをしたらどうかと提案する。皆が了承したので、月番と伊勢屋さん、黒川先生、辰さん、宗助さんの五人が一の組として先に夜回りに出かける。
提灯を持った宗助さんを先頭にして、伊勢屋さんが鳴子、黒川先生が拍子木、辰さんが金棒を持ってぞろぞろと回りだす。皆はあまりに寒いので手を懐に入れたままなので、横着して大きな音が出ない。月番が火の用心の掛け声を出すように言うが、宗助さんはぶっきらぼう、黒川先生は謡調、伊勢屋さんは清元調の独特の火の用心になってしまう。最後に辰さんの出番だが、流石に吉原の頭のところで火の番をやっていただけあって、「火の用心、さっしゃりやしょう」と見事な調子。掛け声の最後の方を少し揺らして、北風に声が震える演出まで施す始末。
火の回りから番小屋に戻った一の組の面々。体が冷え切ってしまったので、暖を取ろうと皆で火鉢を囲んでいると、黒川先生が出掛けに娘に持たされたと言って、ふくべに入れた酒を出してきた。月番は、ふくべに酒を入れて持ってくるとは何事だと叱り、土瓶に移し替えるように宗助さんに命じる。一同が訝しく思っていると、ふくべから出る酒を飲むのは不味いが土瓶から出る煎じ薬なら問題ないと答える。そして、実は自分もこうして持ってきていると懐から酒を出す。さらに月番が、イノシシの肉にネギと味噌を添えて鍋まで取り出した。こうして猪鍋を囲んで、酒盛りが始まる。皆酔いが回って上機嫌になり、都々逸の回しっこでもやろうと言い出す。
そこへ表から「ばん、ばん」という音がする。猪鍋のにおいを嗅ぎつけた犬の仕業と思い、「しっ、しっ」と叫んで追い返そうとする。しかし尚も「番、番、番の者はおらんのか」と声がかかり、町役人が見回りにきたことが判明する。慌てる一同。鍋は股の下に隠し、宴の後を綺麗にして町役人を番小屋へ入れる。
町役人は「しっ、しっ」と言っていたのは何かと聞く。月番は宗助さんが「寒いので火だ、火だ」と言ったと弁解する。さらに町役人は「何か土瓶のようなものを隠したが、あれは何か」と聞く。「あれは煎じ薬だ」と答えると、自分も風邪気味なので一杯もらいたいと役人がせがむ。この煎じ薬は町人にしか効かないと悪あがきをするのだが、結局飲まれてしまう。役人に酒を飲ませると、結構な煎じ薬だと上機嫌。さらに何か鍋のようなものを隠したのではないかと言い、猪鍋を出させる。これは何かと問うので、月番は煎じ薬の口直しでございます、と答える。調子に乗った役人は口直しが良いと煎じ薬も進むと好きなだけ飲み食い始める。旦那連中はお酒を全部役人に飲まれてしまうと思い、月番に断ってしまえと詰め寄る。月番が町役人に煎じ薬はもう一滴もないと言うと、町役人が返す。
「そうか。では拙者一回りして参る。その間に二番を煎じておけ」