「鉢植えを買う女」(光文社文庫プレミアム、松本清張プレミアムミステリー「影の車」収蔵)
本作品の主人公は、結婚を諦めた中年女性が代わりにお金に執着する話です。こういう主人公は、他の短編、例えば「馬を売る女」にも出てきます。しかし「馬を売る女」は中年女性がお金目当ての男性に籠絡されて、ずぶずぶの泥沼にはまってしまうのですが、本作の主人公は冷静さが半端ないです。本作の主人公もお金目当てに寄ってきた男性と肉体関係を結びますが、それと金銭関係とは完全に別扱いで、(そのシーンは書かれていないのですが)大金を掴むチャンスと見るや容赦なく相手を殺して金を奪います。しかも(そのシーンも明確に書かれていないのですが)アパートの自室の浴槽に鉢植えの土を入れ、死体を埋めて白骨化させ、その「動物の脂がしみ込んだ」土で野菜や花を育てます。呆れるような鬼畜っぷりですが、本人は一切後ろめたさを示すことなく、とても穏やかに振る舞っており、その静かな狂気がゾクゾク(ワクワク)します。こういう清張作品は大好きです!
あらすじ(ネタバレ注意):
上浜楢江はA精密機械株式会社の販売課に勤める会社員である。周囲の若くて綺麗な女性社員たちが次々と結婚して退社していくなか、彼女はその機会を失い、徐々に金銭の貯蓄価値を信仰していく。彼女は蓄財し、会社の同僚や寿退社した女性たちに月に一割の利子で金貸しを始める。同じ会社の会計課に勤める杉浦淳一は楢江に金を借りる常連だった。彼は社交的で女好き、さらに無類の競輪好きで年中金に困っていた。ある日、彼は楢江の部屋を訪れ、彼女と関係を持つ。しかし彼女は動じない。
そのうちに杉浦は会社仲間からの借金だけでは返済が追いつかなくなり、会社の金を八百万円横領して逃げてしまった。金を持って逃げる途中、杉浦は楢江の部屋に立ち寄り、一晩泊めて欲しいと頼む。楢江は、土曜にも拘わらずスーツケースを持つ杉浦に不審をいだきつつも承諾する。そのうちに杉浦がビールを買いに行ってほしいと頼む。珍しく彼は自分の財布を出して楢江にお金を渡すのだが、中身には五千円札がギッシリと詰まっていた。楢江がビールを三本買って帰ると、杉浦はスーツケースを枕にして横になっていたのだが、スーツケースは頭を載せているにもかかわらずあまりへこんでいない。楢江は初めて状況が尋常でないことに気づく。
その後、杉浦は蒸発し、消息は杳として知れなかった。一方の楢江は相変わらず会社に出て、金貸しに精を出すのだが、心なしか周囲に対して穏やかになる。また、彼女は大型の観葉植物の鉢植えを自宅に買い集め、会社で風呂をすませるようになる。そのうちに、どこから資金を得たのか、楢江は中央線沿線に庭付きの一戸建て住宅を一千万円で購入する。そして自分の庭に花壇と畑を作った。その土はわざわざ木箱に詰めてアパートから運び込んだものを使った。その後、花や野菜たちは周囲の人達が感心するほど見事に成長する。栽培のコツを聞かれた楢江は、土に肥料を充分にしみ込ませることだと答える。どうやら彼女が使った土には「動物の脂」がたっぷりとしみ込んでいたようだ。
その年の暮れに、彼女の住宅から1キロほど離れた雑木林で男性の白骨死体が発見されたが、身元はわからず、犯人も捕まらなかった。