今年の大阪は特に暑く感じました。10月の第2週までTシャツ一枚で出勤しておりましたが、それ以降は急に寒くなりました。一時は紅葉は12月ではないかと思ったりしましたが、今年も阪大の近くの三色彩道ではモミジバフウが綺麗に紅葉しました。今日は午前中は快晴でしたのでカメラを抱えた人が沢山いました。
2025年11月22日土曜日
2025年11月16日日曜日
淡路島でシンポジウムに参加しました
仕事で淡路島で開かれた国際シンポジウムに参加してきました。場所は淡路夢舞台です。いつも色々な学会やシンポジウムでお世話になっている会議場で、ホテル(グランドニッコー淡路)が併設されていてとても便利なところです。
スケジュールがタイトでほとんど外出もできませんでしたが、夕方のビーチを撮影してきました。瀬戸内海は波が穏やかで映えますね。太平洋の荒波を見て育ったので、別世界の感があります。
2025年11月4日火曜日
脂をエネルギーに変換する(日々の雑感)
これまでのマラソンではいずれも平凡かつ低調な記録だったのですが、沢山ある原因の一つは体の重さだと思っています。身長163センチで体重61キロで、体脂肪率が常時20%越えとぽっちゃりしているのが悩みです。しかし食べることは私の生き甲斐で、揚げ物大好き、御飯大好き、甘いもの大好きなので、これまで減らそうとしても常に挫折しておりました。ただ、ついに明らかにお腹が出てきたので、何とか減らしたいと思い立ちました。
ネットで検索すると、脂肪を1㎏減らすには、7,000kcalほどカロリーの収支をマイナスにする必要があるそうです。これを1ヶ月で達成するためには、1日辺りに換算して約240kcalのマイナスとなり、この分を食事か運動で何とか減らさなければいけません。食べ物だと、どら焼き1個、御飯1.5膳、うどん1玉に相当し、運動だと、1時間ウォーキング、30分ジョギング、15分縄跳びだそうです。マラソンで速くなるにはジョギングを増やした方が良さそうです。
昨日はとりあえず夕食の御飯1合(530kcal)を素麺1束(乾燥重量100グラム、330kcal)に置き換えてみました。とりあえずは次のマラソンまでに体脂肪率15%を目指してみようと思います。
追記:先日、昔の職場の同窓会があり、以前一緒に仕事をした人たちと記念撮影したのですが、撮った写真をみて自分だけ顔がパンパンになっているのが恥ずかしく思いました。少しだけモチベーションが上がりました。
2025年11月3日月曜日
第10回記念・水戸黄門漫遊マラソンに参加して(9回目のフルマラソン完走!)
先日の10月26日に水戸黄門漫遊マラソンに参加しました。一週間前の天気予報が大雨だったので、大変不安だったのですが、幸運にも予報が外れて曇天の中のレースとなりました。9時スタートというこで8時前くらいにJR水戸駅に到着したのですが、既に駅は大混雑でした。今回は10回の記念大会ということでボランティアの方の人数も多いようでした。
着替えて少しだけアップをしてスタート地点(Eブロック)に整列すると、雨が降りそうで降らない微妙な天気だったのでビニール合羽を装着しました。いざスタートすると天気はやや回復し、暑くなってきたので合羽は途中のエイドのゴミ箱に捨てました。レースプランはいつも通り、「ハーフまで走って、残りはその時の体力・筋力と相談する」でした。前半はちんたらと走って、ハーフを2時間23分(グロス)で折り返し、後半は35キロくらいまで走り、それ以降は歩いたり走ったりを繰り返して5時間00分48秒(グロス、ネットは4時間55分15秒)でゴールしました。ゴールした後は、ちょっとしたご褒美ということで、サザコーヒーで本日の珈琲とケーキを食べました。2025年10月13日月曜日
十月にセミが鳴く(日々の雑感)
《十月にセミが鳴く》
今日は良い天気だったので散策していたところ、箕面の森の一角でセミが鳴いておりました。余りにも季節外れと驚きましたが、かく言う私も半袖のTシャツ一枚で歩いておりました。何時になったら秋らしくなるのかと少々うんざりする思いです。
《ゴールデンカムイ一挙放送》
この3連休は、CSチャンネルNECOでやっていたアニメ「ゴールデンカムイ」第1部~4部までの49話を一気見しました。血沸き肉躍るシーンの連続で面白かったのですが、体力不足の中年オジサンには流石に疲れました。
《坂口先生の偉業に沸く》
10月はノーベル賞のシーズンということで、今年は大阪大学の坂口志文特任教授がノーベル医学生理学賞を受賞されました。先生は随分前から受賞が有力視されていた方で、ついに受賞されたとのことで大変おめでたいです。当方は何の関係もないのですが、後日記者会見が行われた建物で垂れ幕の写真を記念に撮ってきました。
2025年9月7日日曜日
「カグラバチ」(外薗健著、ジャンプコミックス)第8巻が面白かった
私が少年だった時分は漫画ばっかり読んで…と言われたものですが、時代が寛容になり、その恩恵を受けて、漫画ばっかり読んでいます。この週末はカグラバチの第8巻を読みました。
この巻は、妖刀の所有者、座村さんの娘が中心人物です。過去の斉廷戦争によって傷を背負った人たちの重たい戦闘が続きます。
バトル漫画の常ですが、注目しているキャラが退場すると悲しいですね。
「「空気」の研究」(山本七平著、文春文庫)で大事なことを学ぶ
以前、敗戦の原因を探る原因分析の著書の中で、軍内部の「空気」に関する記述がありました。曰く、「当時の空気としては、そうせざるをえなかった、云々」。また、日常的に「空気を読む・読まない」と言うフレーズは社会人にとって未だに大事な(?)ワードだと思います。
山本七平先生は、「日本人とユダヤ人」など日本人に関する分析や比較文化論で非常に印象深い作品を遺され、学生時代によく読ませていただきました。(小生は京都での大学生時代、理系なのに比較文化論を読み漁っておりました。今は何もアタマに残っていませんが…。)今回、久しぶりに読み直したくなって、本書を手に取りました。
本書は、日本の社会において非常に強い力を発揮する「空気」というものについて、我が国の歴史的変遷とキリスト教的世界観を比較しながら実体に迫る作品です。内容は、「空気」の研究、「水=通常性」の研究、日本的根本主義(ファンダメンタリズム)について、の3章立てです。
まず、第1章で「空気」について、戦艦大和の無謀な特攻、昭和の公害問題、自動車の排ガス規制の問題などを実例にして、専門家の間に生じる、論理的判断と空気的判断のダブルスタンダードについて論じ、ひとたび空気が醸成されてしまうと論理よりも優先されることを紹介します。続いて、空気の発生メカニズムとしてキリスト教やイスラム教との対比として、我が国独自の臨在感的把握が挙げられます。臨在感の把握として、物質への感情移入による恐れの発生・神格化が生じて、その神格化された物質から逆に支配され、金縛りにあっている状態が空気の支配と述べられます。
続く第2章では、「水」について論じ、空気の支配から逃れる手段として、水を差すという手段について考察されています。平時には水という通常性が雨のように降っているために現実から乖離することは無いが、それが通用しなくなった時に、空気が支配的になると論じています。日本共産党の歴史の変遷など様々な例を引きながら、自在に論理が展開します。結語として、「空気」も「水」も状況論理と状況倫理の日本的な世界で売れてきた、我々の精神生活の「糧」と述べられます。
最終章は、かつて「アタマの切り替え」と称して、兵士として太平洋戦争の戦地に赴いたものが、内地に戻りあっという間に行動の規範を変更し、何事もなかったかのように日常に溶け込んだことから我が国の根本主義とは何かを論じています。まず西洋における根本主義について論じたあとに、それと対極にある我が国のコロコロと変わる態度について考察が展開します。曰く、日本人は状況を臨在感的に把握し、それによってその状況に逆に支配されることによって動き、これが起こる以前にその状況の到来を論理的、体系的に論証しても動かないが、瞬間的に状況に対応できる点は天才的と述べられています。言葉は複雑ですが、これって自分に顧みても重みを感じる言葉だと思います。
かつては、日本で「空気」が支配的になるのは明治の近代化以降で、江戸時代や明治時代の初期にはむしろ唯々諾々として従うのは恥とする傾向があったそうです。今や空気の奴隷たる私のような中年男性には、逆に恐ろしい世界です。私もたまには職場で「水をさして」みようかしら、と夢想しました。そんな無謀な挑戦はさておき、ともかく本書は間違いなく名著です。特に社会人に読んで、色々考えて欲しい一冊です。
「目に見えないもの」(湯川秀樹著、講談社学術文庫)を読んで、ありがたい気持ちになる
私のような、平成初期に京都大学理学部で物理学を志したものにとって、湯川秀樹先生、朝永振一郎先生のお名前は、一種独特の響きがあります。お二人共にノーベル物理学賞を受賞された素粒子物理学の大家でありますが、特に湯川先生は幼少期より漢籍に親しみ、文章家として「旅人」など、沢山の優れた随筆などを遺されております。
「目に見えないもの」は、湯川先生が三十代の時に書かれた随筆集です。全体が3部構成になっており、第1部は先生のご専門である素粒子物理学について、第2部と3部は半生の記やご家族に関することなど自由な内容になっております。
第1部は骨太で、自然哲学から現代物理学へと至る学問の流れを概説し、生命を量子力学的にどう捉えるかなど非常に示唆に富む内容になっております。俗人である私には2部に収蔵された、半生の記が興味深かったです。湯川先生は大阪大学理学部の助教授から京都大学の教授になられましたが、先生の代表作である中間子理論の骨子は阪大時代に考えられたそうです。その理論を着想したいきさつが語られており、私生活ではご子息が生まれたばかりの大変な状況でも不眠症になるまで一心不乱に考え続け、更には寝る時も枕元にノートを置いて繰り返し推敲したというエピソードには頭が下がる思いです。
肝心の私は京大理学部の物理学の講義に全く付いて行けず、巡り巡って生物学の研究者になりましたが、今でも憧れであります。
2025年9月6日土曜日
台風の日に鎌倉へ出張
仕事で鎌倉へ出張してきました。折悪しく台風15号が関東を直撃しまして、建物から一歩も出られませんでした。せめてもの思い出として、JR鎌倉駅の写真と駅前の鶴岡八幡宮の参道の写真を撮って帰ってきました。帰りは雨が最も激しい時間帯だったので、案の定電車のダイヤが乱れまくっていました。最近は新幹線も直ぐに止まってしまうので、関西から関東への移動はリスクがあります。
2025年8月23日土曜日
夏の思い出(「日本海軍 失敗の本質」戸高一成著、PHP新書を読んで)
いつも長期の休みには本をまとめ読みするのですが、今年は忙しくて1冊しか読めませんでした。その1冊が「日本海軍 失敗の本質」(戸高一成著、PHP新書)です。この本は、太平洋戦争における日本海軍のそれぞれの戦い(真珠湾奇襲、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦、ルンガ沖夜戦、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、沖縄特攻)に焦点をあてて、どこが判断の誤りだったのか、どうすればよかったのかを検証しています。負けに不思議の負けは無し、ということで、この反省を生かさなければなりません。
終戦から80年ということで、この時期は過去を知り、大いに考えるようにしております。何だか説教臭いのですが、自分も年をとったということでしょうか。
日本海軍に留まらず、日本軍全体の組織について緻密に社会科学的な分析した本として、「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著)が挙げられます。本書は、まず第1章に失敗の分析としてノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄の6つの作戦を取り上げ、それぞれ組織学的に詳細な分析をしています。続く第2章では、6つの事例に共通してみられる日本軍の組織的特性や欠陥を抽出して整理しています。最後の第3章が大事で、ここでは失敗の本質が現在も改善されていないとの認識の下、日本軍の失敗が教えてくれる現代の課題の提示と解明が書かれています。この本で語られる、目的がはっきりしないとか、学習が欠けているとか、環境に過度に適応させすぎている、とかは耳が痛いですね。
戦争体験を沢山語られている漫画家として、偉大なる水木しげる先生が挙げられます。水木先生は太平洋戦争の激戦地であったラバウルに出征され、左腕を失うなどの壮絶な体験をされています。その体験をまとめた本が、「水木しげるのラバウル戦記」(ちくま文庫)です。本書は、出征当時に描かれていたデッサン(+戦後に加筆したもの)に文章を添えた本で、一兵士の記録として非常に興味深いです。のんびりとした口調で話は展開しますが、部隊の同僚がワニに食われたり、戦闘で命を落としたり、中身は過酷です。生き死にを分けるのは、ほんの些細なことなのだと実感しました。もう一冊、水木しげる先生の作品で「劇画ヒットラー」(ちくま文庫)を御紹介します。冒頭は収容所送りを恐れる民衆のシーンから始まるのですが、次の章で若き日の貧乏画家だったヒットラーの生活の場面に移ります。そのギャップに愕然とします。そこから政治の世界でいかにのし上がり、独裁者として君臨し、やがて国を破滅に導きます。最後は果てしない廃墟が続く背景をバックに「これがヒットラーがドイツ国民に送った「千年帝国」だったのである………」という台詞が書かれ、物語が閉じます。色々考えさせらる作品で、心に沁みます。
2025年8月22日金曜日
夏の思い出(大洗磯前神社)
夏の思い出という事で、茨城県東茨城郡大洗町にある大洗磯前神社に行ってきました。この神社は平安時代に建てられ、延喜式にも記載されている由緒ある神社です。祭神はオオナムチノミコト(大己貴命、大国主命)だそうです。この神社から少し離れた、那珂川の対岸に当たるひたちなか市磯崎町には、酒列磯前神社(祭神:少彦名命・すくなひこなのみこと)があり、二つの神社が同時期に建てられたのとのこです。
海岸から切り立った崖に向かって鳥居が並んでいて、上へ行くと本殿です。現在の本殿は江戸時代に徳川光圀が再建したのだそうです。大洗と言えばガルパンの聖地ということで、アニメのイラストを描いた絵馬が沢山ありました。
2025年8月20日水曜日
夏の思い出(第31回ひたちなか祭り花火大会)
夏の思い出ということで、8月16日に第31回ひたちなか祭りの花火大会を見に行きました。この花火大会は陸上自衛隊勝田駐屯地で毎年この時期に催される花火大会で、私が子供頃からやっております。(当時は市名が勝田市だったので勝田祭りの一環でした。)
大会中の勝田駐屯地は大混雑なので、少し離れたひたちなか市石川町にある石川運動ひろばで花火を鑑賞することにしました。まず、JR勝田駅の手前にある駐車場へ車を停めて、途中のドンキホーテでお菓子と飲み物を購入し、石川運動ひろばまで歩いて行きました。そしてグランドの土手にシートを引いて、1時間の打ち上げ花火を最初から最後まで堪能しました。途中、カナブンやカマキリが飛んできましたが、気にならないくらい良かったです。やはり夏は花火ですね。
敷地内はギッシリと観客で埋め尽くされておりましたが、花火に合わせてお馴染みの「た~まや~」の掛け声が起こったりしていました。
江戸の落語に「たが屋」というのがあり、そこで「橋の上、玉屋、玉屋の声ばかり、何故に鍵屋と言わぬ情無し」という川柳が出てくるのを思い出しました。三代目古今亭志ん朝の解説によると、江戸時代に花火を作る店は玉屋と鍵屋の2軒あったそうです。その後、玉屋が火事を出したためにお取り潰しになり、以降は鍵屋が1軒で営業していたそうです。しかし江戸っ子の花火の掛け声は、玉屋の方がずっと優勢だったとのことです。令和の時代でも江戸時代から続く掛け声が聞かれて嬉しくなりました。
2025年8月18日月曜日
夏の思い出(カナヘビの卵!)
2025年8月17日日曜日
「西郷札」(松本清張著、光文社文庫)に後の清張作品の原型をみる
松本清張短編全集第1巻の冒頭に掲載されている「西郷札」は松本清張のデビュー作の短編作品です。私は、この短編に後々の松本清張作品の鋳型を見るような気がして、度々読んでいます。この作品のあらすじは下記の通りです。
この作品は、九州の新聞社に勤める「私」が、新聞社が主催する「九州二千年文化史展」というイベントに出品する銘品を九州一円から取り寄せる所から物語が始まります。その中で、宮崎支局から西郷札(さいごうさつ)とその覚書が送られてきます。社の誰も西郷札がわからず、百科事典を引いたところ、西郷札は西南戦争の時に西郷軍が戦争中の物品調達のために発行した紙幣で、戦地を点々としながら地域の豪農などに紙幣を押し付けて食糧を確保した、と言うことが判明します。主人公は西郷札と同封されていた覚書に目を通すのですが、その内容に驚愕します。
覚書の作者は樋村雄吾という明治時代を生きた日向佐土原士族で、島津家の支藩の藩士の息子として生まれます。しかし廃藩置県により父が失業したため、一家は農業を生業として生計を建てます。雄吾が11歳の時に生母が亡くなり、15歳の時に父が若い後添えをもらいます。その義母には季乃(すえの)という5歳年下の連れ子がいました。季乃は眉目秀麗な娘で、雄吾は義理の妹ながら心惹かれてしまい、複雑な感情を抱きます。
その後、雄吾は西南戦争に西郷軍の一員として従軍し、勇猛果敢に戦い、藩札(西郷札)の製造にも関わります。しかし右肩を狙撃され、隊を離脱し、地元の素封家、伊東甚平に助けられ、九死に一生を得て生家に戻るのですが、父は既に病気で亡くなり、生家も西南戦争で焼失し、義母や季乃は行方不明になったことが判明します。
雄吾は失意のうちに東京に出て、ふとしたきっかけから人力車の車夫として働きだします。ある時、客として塚村圭太郎という政府の役人を乗せたことで人生が動き出します。何と季乃は塚村の妻となっていたのです。季乃の語るところによれば、西南戦争の折に父が亡くなり、母と共に東京の親戚を頼って上京し、塚村に見初められて嫁いできたとのことでした。季乃は雄吾と兄妹として逢瀬を重ねますが、雄吾は心の奥底に季乃に対する恋愛感情が芽生えてしまい懊悩します。その様子を塚村に見透かされ、塚村は嫉妬の炎に狂い密かに二人の逢瀬を監視します。
そんな折、幡生粂太郎(はたぶ・くめたろう)という人物から塚村を通して西郷札を政府が買い上げてもらうように働きかけを依頼されます。これは、かつて三菱財閥の祖である岩崎弥太郎の藩札買い占めの再現を狙って大儲けを企んだものでした。雄吾は季乃に対する負い目から気乗りはしないものの、結局は塚村に依頼します。塚村は快諾し、雄吾と粂太郎に極秘裏に宮﨑で藩札の買い占めを勧めます。二人は宮崎に移動し、素封家の伊東甚平も巻き込んで買い占めを図るのですが、どこからか情報が漏れたらしく、全財産を投じても思うように西郷札が集まりません。一旦、雄吾が東京に戻ると、政府による西郷札の買い占めは行われず、それどころか雄吾が風説の流布により警察に追われていることが判明します。あまりの事に動揺する雄吾。その後、季乃と合ったことで全てが判明します。塚村は雄吾に強い嫉妬を感じており、偽の買い上げ情報を伝えることで雄吾を犯罪者に仕立て上げたのです。雄吾は逃げるか、裁判に訴えるか、あるいは最後の手段か、という3つの選択肢を考えます。熟考の挙句、やはり最後の手段しかないと結論付けたところで、覚書は終わりを告げます。以降の部分が何者かによって破られていたのです。最後は、主人公が西郷札買い上げのデマに関する明治時代の新聞記事を眺めるところで物語が閉じられます。
私が考える、この作品にみられる後の清張作品の原点としては、まずタクシー好きが挙げられます。タクシーは清張作品の重要なアイテムだと思うのですが、明治時代のタクシーである俥(くるま)、人力車を登場させている点が「らしい」と感じます。運転手と乗客という見知らぬ者同士が、偶然時間を共有する、そういう場面が好きなんですね。
さらに、ミステリーにもかかわらず、敢えて最後のところ(=殺し)を書かない、という点もらしさを感じます。結局、雄吾はその後、塚村を殺して季乃と逃げたのではないかと推量されますが、それは一切が読者の想像に任されます。私の好きな「鉢植えを買う女」という清張作品でも、どう考えても主人公が会社の同僚を殺しているのですが、直接の描写はありません。奥ゆかしいのか、書かないことで、よりリアルさを感じさせているのか、兎に角のちの作品に頻出のパターンだと思います。
あとは、文献を引用する構図を多用する、という点が挙げられるでしょうか。この作品も西郷札に付いていた覚書を主人公が読んで解説する形で物語が展開します。先日勝手に紹介した「装飾評伝」も同じパターンに該当します。
私のような清張好きにはたまらない作品です。
2025年8月11日月曜日
まさかNHKでウルトラマンが見られるとは
少し前まで、NHKのBSプレミアム4KでウルトラQの4Kリマスター放送がされていましたが、その後引き続いてウルトラマンの4Kリマスター放送が始まりました。オジサンには嬉しい限りです。恥ずかしながら、初代ウルトラマンは既に何度も繰り返し見ているのでストーリーは頭に入っていますが、怪獣の造形の素晴らしさは何度も見ても飽きません。ウルトラマンおよび怪獣のデザインを担当されたのは美術の成田亨さんですが、そのフォルムは今見ても格好良いです。デザインの原画が見たくて、良くネットの画像検索しています。
下は怪獣のフィギュアで左がエレキング、右がバルタン星人です。どちらも成田亨さんがデザインした怪獣です。
エレキングはウルトラセブンの第3話「湖のひみつ」に出てきた怪獣で、ピット星人のしもべとして、ウルトラセブンと湖で戦います。水から上がったエレキングはホルスタインのような独特の模様と、水にぬれたナメクジのような質感が絶妙で、子供の頃に強烈な印象を受けました。また、バルタン星人は言わずと知れた有名宇宙人で、宇宙忍者の異名を取ります。初代ウルトラマンの第2話「侵略者を撃て」に出てきて以降、他のシリーズにも頻出する宇宙人です。バルタン星人のデザインは、ウルトラQの第16話「ガラモンの逆襲」で出てきたセミ人間が元になっているそうです。
今シーズンのお気に入りは「ダンダダン(第2期)」と「量産型ルカ」
夏シーズン真っ盛りですが、アニメは「ダンダダン第2期」、ドラマは「量産型ルカ」を見ているという恥ずかしいクソ中年です。ダンダダンは、昨年放送された第1期が中途半端なところで終わったので、その続きから始まりました。録画を残しておいて良かったです。今回も奇想天外なストーリーが面白いです。さらに随所に昭和~平成を過ごしてきたオジサンの心の琴線に触れるようなネタが散りばめられているのが良いです。ネタ元の方々との間で色々と物議を醸しだすこともあるようですが、オマージュということで許してほしいものです。
量産型ルカは量産型リコの後継ドラマということで、高校のプラモデル部を舞台にした青春ドラマですが、爽やかで良いです。前回の量産型リコよりも「プラモデル色」が薄めです。それにしても最近のプラモデルはニッパー不要、色塗り不要のものもあり、至れり尽くせりですね。かつて小学生の時分に、難易度最高峰の帆船模型に憧れた身としては隔世の感があります。雑誌「ホビージャパン」に出ていた、フルスクラッチ・ビルドの作品とかを見て、興奮した世代からすると複雑な気分ではあります。
ちょっと前に組み立てたガンプラの「ゴック HG 1/144」の写真です。HGでも、指も含めて色々な関節が稼働するので作ってからも楽しいです。オジサンが小学生の時に組み立てていた、いわゆる旧キットは自由なポージングはほぼ不可能でした。旧キットの「ザク」などは腕を動かそうとすると、腕ごともげることが度々でした。さらに、部品の貼り合わせのためには有機溶剤である接着剤を使う必要があるのですが、貼り合わせが悪いと度々部品が外れてしまい、何度もつけるので接着剤まみれになって大変でした。その後、関節を稼働するためにポリキャップが出てきてからも、プラスチック部分とポリキャップの嚙み合わせが合わないことも度々で腕を回そうとすると胴体のパーツが外れるという悲劇も経験しました。そう思うと、現在の金型成形の技術は凄いものです。これも隔世の感があります。
「怪獣8号」(松本直也著、ジャンプコミックス+)の連載が完結
漫画の「怪獣8号」(松本直也著、ジャンプコミックス+)の連載が完結したそうです。普段から漫画はコミックスで読む派なのでネットニュースで知りました。1巻を読んだ時の興奮はよく覚えております。主人公の職業が倒された怪獣の解体業という着眼点にも感心しました。また、主人公がオジサンというのも非常に親近感が湧きました。しかし、たかが32歳でオジサンというのも厳しい話ですが。途中で購入が止まっておりましたが、完結したのを機に、また読もうかと思います。しかしネット民の厳しい声が…
晴れているときは暑く、涼しくなったら雨【日々の雑感】
先週までの大阪は35℃を越える猛暑日で晴天が続いていましたが、今週は気温が5℃以上も下がったものの雨が続いています。ちょうど高校野球の季節ですが、甲子園は難しい日程調整を強いられているようです。年々この季節に開催するのが難しくなる印象です。場所を変えるか、時期を変えるか、甲子園球場をドーム化しないとダメなのでしょうか。高校野球観戦歴40年以上の私からすると残念ですが、これも時代の流れかもしれません。
今は昔、20世紀の最後の頃に、高校野球の名門、京都の平安高校(現・龍谷大平安高校)の甲子園の応援に参加したことを思い出します。当時、私は京都で大学生をしていましたが、サークルの先輩に平安高校出身の方がいて、その方の誘いでブラスバンド部の一員としてスタンドで演奏させてもらいました。その当時は、平安高校にはプロ野球に進まれた川口選手が絶対的なエースとして君臨していて、面白いようにトーナメントを勝ち進んでいきました。自分は何回か応援に参加させていただきましたが、ぶっつけ本番で演奏していたので楽譜をみるのに必死で肝心の試合の展開とかはほとんど記憶に残っていません。応援する時にもらった帽子は今も保存しています。
2025年7月24日木曜日
「危険な斜面」(松本清張著、文春文庫)の「投影」に元気をもらう
たまには爽やかな気分になりたいと、短編集「危険な斜面」(松本清張著、文春文庫)に収蔵されている、「投影」を読み返して元気をもらいました。
この作品の主人公は、田村太市という若者で、東京の一流新聞社で記者として働いていたが、上司と喧嘩して社を飛び出してしまいます。そして嫁の頼子と共に瀬戸内のS市に居を移します。二人はしばらくのんびりしていたのですが、やがて頼子はS市のキャバレーで働くようになり、太市も市政を報じる陽道新報社という小さな新聞社に記者として就職します。陽道新報社は社長の畠中嘉吉とその細君、記者の湯浅新六の3人しか在籍しておらず、発行部数も千部程度の弱小新聞社でした。そんな小さな会社ですが、社長は貧乏に甘んじ、しかも病床に臥していながらも正義感が強く、いつも気炎を上げています。一方、記者の湯浅は猫背で周囲には卑屈に振る舞っているが、時折り芯の強さを感じさせる中々の好人物であり、太市は彼らに惹かれていきます。
そんな折、太市は市役所を訪問中に市会議員の石井が土木課長の南を恫喝している所を目撃します。どうやら石井は道路予定地上に自身が所有する廃工場に対して、400万円の立退料を南課長に要求しているが、その要求を拒絶されて脅しにきたらしいのです。しかし、南は気の弱い人物ながら正義感が強く、意地を通して突っぱねます。
そのうちに人事異動があり、南課長の部下だった山下係長が新設された港湾課の課長に昇進します。山下は石井議員の腹心でした。そして山下課長の昇進祝いの夜、南課長が自転車で帰宅途中に海に転落して死亡します。警察は事故死ではないかと推定するのですが、社長は石井らによる他殺であることを見抜きます。太市と湯浅は苦労しながらも手分けをして情報を集め、彼らの殺人トリックと助成金詐欺をあばきます。そしてすべてが解決したのち、太市は再び東京に職を得て、夫婦でS市を離れるのです。
本作品は清張作品によくある官民の癒着が絡んだ殺人事件とその解明がテーマながら、中央の新聞社から追い出された主人公が田舎の小さな新聞社で自己を見つめ直して成長し、再び中央に戻っていく、という成長物語が織り込まれた爽やかな(?)作品です。
最後の主人公夫婦と陽道新報の面々との別れのシーンも感動的で、清張版の青春小説という印象を受けました。
2025年7月22日火曜日
「装飾評伝」(松本清張著)の執拗な嫌がらせに戦慄する
夏なのでゾクゾクしたくて「装飾評伝」(光文社文庫・松本清張短編全集09巻収蔵)を読み返しました。オバケも怖いし私はその手の話はとても苦手ですが、多分人間の方がより怖いだろうと思わせてくれる素敵な作品です。
この物語は、小説家で主人公の「私」が名和薛治という明治から昭和初期まで活躍した画家を題材に小説を書こうとするところから始まります。名和は明治21年に東京で生まれ、日本の画壇で異彩を放つ活躍をみせたのち、渡欧しアントワープに滞在してボッシュやブリューゲルに私淑します。日本に戻って来てからも北欧の写実的なエッセンスを取り入れた独自の境地を切り開きますが、何故か徐々に精彩を失い、私生活も荒んでいき、昭和6年に石川県の能登の海岸で不慮の死を遂げる、という生涯を辿ります。ここで主人公は、名和に関する情報は全て芦名信弘という名和の画家仲間が書いた評伝に依っていることに気づきます。そんな折、芦名が72歳で亡くなると言うニュースを受け、情報のソースを失って愕然とします。
そこで主人公は一念発起し、芦名の遺族である娘の陽子に面会して情報を得ようとしますが、拒絶されてしまいます。さらに、名和のかつての画家仲間で現在は画壇の重鎮になっている葉山光介を訪ねたところ、娘の出自について名和の子ではないかと示唆を得ます。そのことに主人公は衝撃を受け、芦名が評伝に書いた内容の行間に潜む、恐るべき作為に気づきます。どうやら芦名は夫婦で名和と交際しているうちに、名和と奥さんができてしまい、名和の子を身ごもったのです。そのことで芦名は名和には告げずに嫁を追い詰めて離縁し、自殺に追いやり、生まれてきた娘の陽子を引き取ります。そして表面上はこれまでと同様に名和との関係を保ちながら、娘を連れて名和を執拗に訪れることで、精神的に追い詰めていきます。名和は懊悩し、都会を離れて青梅の山奥に引きこもりますが、それでも芦名は追跡の手を休めることはありません。徐々に名和は身を持ち崩し、遂に自暴自棄となり能登の海岸で事故とも自殺ともつかない転落死で亡くなります。芦名はほぼ同年代の名和が持つ光り輝く才能に魅了され、強烈に引き付けられる一方、自身の画才は委縮し、家族も無茶苦茶にされます。その愛憎が深く入り混じるドロドロとした感情の結末として、一人の天才を完膚なきまで叩きのめします。そしてその事を平然と評伝として後世に伝えるのです。
この作品は、わずか40ページ足らずの短編ですが、切れ味が鋭く、読後の胸糞の悪さは何とも言えません。主人公である第三者が既に書かれた出版物の何気ない行間に潜むサスペンスを洗い出す展開は、同じく傑作短編作品である「西郷札」に似ています。こういう日常に潜む人間の恐ろしさを書かせたら天下一品だと思います。
2025年7月21日月曜日
「眼の気流」(松本清張著、新潮文庫)の「影」が心に沁みる
久しぶりに松本清張の短編集「眼の気流」を読み返しました。この本には、表題作の「眼の気流」の他、「暗線」、「結婚式」、「たづたづし」、「影」の5作品が掲載されています。表題作である「眼の気流」は、清張作品の重要なキーワードであるタクシー運転手が前面に出た作品です。中央自動車道沿線が出てくると安心感すらあります。鉄板ネタです。
この中で私が一番惹かれたのが最後の「影」という作品です。この作品の主人公である宇田道夫は中国地方の鄙びた温泉宿の主人で、そこへ尾羽打ち枯らした様子の笠間久一郎という老人作家が宿に逗留します。その名前を宿帳でみた主人は、そこから二十五、六年前の因縁を思い出します。
当時、宇田青年は文学で身を立てることを志しながらも貧困に喘いでいました。自分の書いた小説は一度だけ名門「R」誌に掲載されたものの、以降は作品が続かない状態でした。そんな状況で、「R」誌の編集者だった江木が下宿を訪れてきます。宇田は作品を掲載してくれるのかと早合点しますが、江木は通俗小説を書いている売れっ子作家の笠間が多忙と体調不良で原稿を落としそうなので、その代筆(ゴーストライター)を頼みたいとのことでした。宇田は、江木から将来「R」誌に作品を掲載することを掛け合う、という曖昧な約束に引きずられて渋々OKします。
宇田は笠間の文体を研究し、さらにストーリーのテコ入れをすることで、笠間の代役を果たします。それどころか、宇田が書いた笠間の原稿は非常な評判を呼びます。笠間と江木は原稿を落とさずに安堵し、宇田は今までにない大金を得ます。味を占めた、笠間、江木、宇田の三人は次々と作品を発表し、通俗作家・笠間の名声は一段と高まります。そして笠間の念願であった全国紙での連続小説を獲得します。笠間の「影」となった宇田は本体以上の能力を発揮するのですが、本体であるはずの笠間は才能が枯渇してしまい、苦悩し酒と女に溺れます。ついに綻びが生じて代作であることが露見し、笠間は追放、小説は打ち切りとなりました。
その後の宇田は自身の創作に打ち込もうとしますが、笠間の「影」が自己と同一化してしまい、自身の作品を書くことができません。江木にも見放され、笠間と同様に切り捨てられてしまいます。宇田は職業を転々としながら温泉宿にたどり着き、現在の女房と所帯をもって宿屋の主人に落ち着きます。
そこから話は冒頭に戻り、宇田が笠間の身の上を案じながら作品が終わります。
この作品は小説のゴーストライターの話ですが、研究の分野でも似たようなものはあると思います。教授が有名人で研究室に沢山のスタッフと学生を抱えている、いわゆるビッグラボになると、中間管理職的なポジションの人が、多忙な教授に代わって色々原稿を書かされたり、研究プロジェクトを指揮したりするのは良くあることです(良いかどうかは別にして)。不思議なもので、そういう若頭的なポジションでは輝いていたのに、念願叶って独立した途端にくすんでしまう人は数多く見るように思います(個人の感想です)。こういう場合は、「影」が本体と同化して、才能が枯渇したのかと思ったりします。かと思うと、出自は曖昧ながら、独立した途端に突然変異的に才能を発揮したりする人もいます。傍らで見ていて、いつも不思議に思う所です。
松本清張自身、非常な苦労をされて年を経てから世に認められた作家ですので、こういう創作活動の奥深さを感じさせるような作品が書けるのかなと思いました。
2025年7月19日土曜日
仕事中は後ろ向きな言葉を検索する
毎日朝から晩まで忙しい研究室にいるのですが、午前中は残念ながらテンションが上がらない事が多々あり、兎角後ろ向きになります。そんな時は仕事の傍らで素直な気持ちをネットで検索して自らを慰めています。
検索ワード「助けて助けて助けて」
回答; 精神的にしんどいときの対処法&回復方法
* 無理をしないで休む
* 生活習慣の改善
* 質の良い睡眠をとる
* ストレッチなどの軽い運動を生活に取り入れる
* 芸術や自然に触れる
* とにかく楽する方法を考える
* 何も考えない時間を作る
* 他人と自分を比べない
検索ワード「何をやっても中途半端」
AIからのアドバイス:
”この状況から抜け出すためには、まず自分自身を知り、何に興味があり、何に情熱を注げるのかを理解することが大切です。そして、夢中になれることを見つけ、小さな成功体験を積み重ねることで、自信をつけていくことが重要です。また、過去に諦めてしまったことの原因を分析し、それらを克服するための具体的な行動を計画することも有効です。
さらに、完璧主義を手放し、成長に目を向けることも大切です。結果だけでなく、過程での学びや成長を評価することで、モチベーションを維持しやすくなります。
最終的には、決断力と行動力を高めることが、中途半端な状態から脱却する鍵となります。小さなことからでも良いので、決断し、行動に移す習慣をつけることが大切です。”
2025年7月14日月曜日
ブルーインパルス!【日々の雑感】
今年もすっかり暑くなりました。連日、当たり前のように大阪では気温が35℃を越えています。こんな危険な気温の中で歩き回っていると意識がもうろうとします。そんな折、大阪大学吹田キャンパスの付近をウロウロしていると、何やら空に向かってスマホのカメラを構えている人たちが大勢いました。 そういえば12日と13日はブルーインパルスが千里の万博記念公園の辺りを飛ぶというニュースを見たを思い出して、私も混じってカメラを構えていると果たして下記の写真を撮ることができました。ほんの一瞬でしたが、迫力がありました。
<架空のネット記事に踊らされそうになる>
投資関連のネットの記事に、収入が少ないので単元未満株をコツコツ買い揃えて配当収入で家計の足しにしているというのがありました。それも一理あると思い、早速とある銘柄の単元未満株を買おうかと思い立ったものの、とても割高になると知って驚きました。ざっと2割は高くなっていました。これなら高配当銘柄と言えども、元を取るのは大変そうなので止めました。この調子では、あの記事も…。何事も自分でよく調べないとダメですね。
<アニメのザ・ファブルが面白かった>
CSのアニマックスで「ザ・ファブル」のアニメを見ました。放送していることに気づくのが遅れて途中からしか見られませんでしたが、それでも面白かったです。以前、実写版映画の第1弾を見て、とても面白かったのですが、今回のアニメ版も良かったです。漫画は1巻しか読んだことがないのですが、最後まで読みたくなりました。恥ずかしながら、部屋が小説と漫画でかなり占拠されており、購入を自重しているのですが、まとめ買いしてしまいそうです。
<気が付けばチケットショップが見当たらない>
とある割引券を使わないので金券ショップに売ろうと思い立ちました。しかし近所には全く見当たらず、古道具屋に持ち込んだものの相手にされませんでした。大学生だった平成の時分には、新幹線のチケットやら青春18切符のバラ券やら映画の割引券など色々お世話になったのですが、そういえば全く見かけなくなりました。ちなみに売ろうとしていた券はメルカリで大量に出回っていて、あまり売れていないようでした。皆考えることは一緒ですね。
2025年7月6日日曜日
【悲報】今年初めて、Gに遭遇
筆者は築50年の古い公団住宅に住んでいます。一応、清潔には暮らしているつもりなのですが、毎年1~2回、Gに遭遇します。本日、夜に洗面所の体重計をどかした際に、下におわしました。こんなこともあろうかとゴキジェットとバスマジックリン(泡)のスプレーを近くに置いているので、それら2本を両手に構えて、まずゴキジェットで先制攻撃をして、バスマジックリン(泡タイプ)で止めをさしました。昆虫ですから神経毒だけではなく、界面活性剤で気門を塞ぐのが肝要と考えております。Gは泡の海でひっくり返ってバタバタしておりましたが、しばらくして動かなくなりました。格闘終了後は亡骸をティッシュでくるんでビニール袋へ。
いつも不意を突いて登場されるのでビックリします。今日も久しぶりに激しく動揺してしまいました。効果があるのかわかりませんが、また各種グッズを買ってきて部屋に設置しようと思います。既に毒餌系の置物は所狭しと置きまくっているので、Gが苦手だというミント系の匂いのする防虫剤を買ってみようと思います。
(追記)
どこから侵入したかを考察するに、帰宅時に私の体に付着して入ってきたように思います。職場から家への帰路の途中に草深い公園があるのですが、何かが飛来して体に触れたような感触を覚え、その後で部屋にてGに遭遇する、という経験が2回ほどありました。ネットで調べると、夜は活動が活発で、ヒトの汗に引き寄せられることがあるとありました。迷惑な話です。これがカブトムシかクワガタだったら大人気なんですけどね。
(追記2:2025年8月28日)
昨晩の午後11時頃に帰宅途中、上記の草深い公園を通っているときに未確認の昆虫が帽子めがけて飛来しました。Gと直感し、その後は体中をパタパタとはたいて「何か」を払い落とそうとしましたが手ごたえ無し。ふと思い立ち、背負っていた巾着型のリュックサックの中身をだしてはたいていたところ、「Gのようなもの」が飛び出していきました。G以外にも、公園内の道のいたるところで蜘蛛が巣をはっているし、夜は夜行性昆虫が活発化するので嫌ですね。こういう目に合わないように、早く帰りたいと思いました。
2025年6月29日日曜日
「なぜ「星図」が開いていたか」(松本清張著、光文社文庫)でトリックに溺れる
推理小説では、犯人が様々なトリックを弄し、読者は読み進めながらそれを看破するのが楽しみ方の一つと思います。しかし、トリックの中には「流石に無理だろう」というが多々あり、それにツッコミを入れるのもまた楽しみの一つです。
松本清張作品の短編の中にもそうしたツッコミ欲を掻き立てられる作品があるように思います。例えば、前の記事の「馬を売る女」に収蔵された「駆ける男」では若い後家さんが旦那さんを殺すのに「ハシリドコロ」という山菜を使います。私としては、何もそれを使わなくてもと思ったりしました。というのも、仕事で動物実験をすると、投与量のちょっとした違いで必ずしも思った効果が得られなかったりします。なので、投与量が安定しない(どのくらい毒が含まれているか定量できない)食べ物を殺人に使うのはリスクが大きい気がしました。量を増やすとバレやすいしね。物語の中では、念願かなって旦那さんは亡くなり、しかも偶然死の間際に以前関係のあった女性と居合わせたので、捜査陣を攪乱することになりました。
「なぜ「星図」が開いていたか」(松本清張短編全集、第7巻収蔵)も30ページくらいの短編ながらツッコミどころが多くて好きな作品です。本作では旦那の同僚と不倫をしている奥さんが、旦那の同僚と結託して、バレないように夫の殺害を企図するのですが、構想が遠大です。夫は心臓が弱いのを利用して心臓麻痺による殺害を狙うのですが、そのために職場で炎天下にハンガーストライキ(ハンスト)を決行し、そこに義侠心の強い夫を参加させます。ストライキを起こすだけでも一苦労です。きっと色々な反対意見があったことでしょう。同僚の方はそれらを巧みに説得したのかと思うと、ご苦労が偲ばれます。そしてハンストで疲弊した状態で帰宅した夫に不倫妻がある方法でびっくりさせて仕留めます。その方法が悪戯レベルなので、流石に無理があるように思いました。作中では念願かなって上手く行くのですが、死亡診断書を書いたお医者さんと刑事さんの手によって犯罪が暴かれて幕を閉じます。警察は優秀ですね。
トリックが前面に出た作品は一種の思考実験として楽しいです。
2025年6月23日月曜日
「馬を売る女」(松本清張著、文春文庫)で清張ワールドを楽しむ
2025年6月17日火曜日
誘って、かわして、アタマ!ボディー、ボディー、ボディー【GCCX400分スペシャル】
2025年6月14日土曜日
懐かしの「機動警察パトレイバー The Movie」
CSのディズニーチャンネルで懐かしのパトレイバーの映画一作目(機動警察パトレイバー The Movie, 1989年公開)がやっていたので、久しぶりに見てしまいました。公開された時は中学生でしたが、友達と2回見に行った思い出のアニメです。確か映画館で下敷きを記念に買いました。内容は、天才プログラマーが生み出したレイバーを暴走させるコンピュータウイルスによって、都心を壊滅させるほどの大規模な犯罪が企てられるのですが、それに主人公たち特車二課が立ち向かうという、壮大な物語です。今のようにコンピュータが広く普及する以前の1980年代に作られた作品ですが、今見ても全く色あせていないことに驚きを禁じ得ません。
物語は旧約聖書のバベルの塔の一節を絡めていて、あちこちに関連するワードが散りばめられています。特に、物語の核心となるプログラムを起動したときに下記の聖書の英語版のフレーズが画面に出てくるのですが、当時の中学生は格好良すぎて震えたものです。
”Go to, let us go down, and there confound their language, that they may not understand one another's speech.(いざ我ら降り、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。)”
パトレイバーの映画は三部作と呼ばれていましたが、私はこの一作目が一番好きです。根が単純だからかもしれませんが。
東京大学への出張(2)
12日に続き、13日も東京大学で新しい実験を習っておりました。夕方までみっちりと御指導いただきました。実験終了後にちょびっとだけ東大のキャンパスとその周辺を散策しました。
東大農学部のある弥生キャンパスには忠犬ハチ公と飼い主だった東大教授の上野先生の銅像があります。忠犬ハチ公の像というと渋谷のイメージですが、飼い主と一緒の像およびハチ公の標本は東大農学部に置かれています。昔、東大農学部が駒場にあった時分に、上野先生が渋谷から駒場に通勤されていて、その出迎えにハチが毎日駅まで通っていたのだそうです。その後、不幸にして上野先生が学内で倒れて急逝してしまったのですが、ハチは先生が亡くなられた後も渋谷の駅まで迎えにいったそうです。ハチ公の名前の由来は、学生たちが先生の飼い犬を呼び捨てにするのに忍びず、敬称である「公」をつけてハチ公と呼んでいたからだそうです。
弥生キャンパスの外には、弥生式土器が発掘されたことを示す碑が建っています。何でも最初の弥生式土器は、この弥生二丁目で見つかったそうです。弥生二丁目で見つかった土器だから弥生式土器、弥生式土器が出てきた時代だから弥生時代、です。町の名前が時代の名前になっているって凄いことですね。2025年6月13日金曜日
ノートの値段に驚く
昨日に引き続き、東京大学で新しい実験を習っています。普段の実験やセミナーについては、下記のノートをメモ帳として使っています。(これ以外にデータを印刷したバインダーなども併せて使用しております。)今回は新しい実験なので色々メモした結果、持参したノートを使い切ってしまいました。そこで急遽東大の生協で新しいものを購入したのですが、値段が1冊290円もして驚きました。普段は研究室の秘書さんがまとめて購入して下さっていて、値段は気にせず使っておりましたが、如何に贅沢だったか実感しました。
そうは言っても研究活動のバロメーターのようなところがありますので、今後もドシドシ使っていこうと思います。
例によってチマチマした性格なので、これまでにノートを使い切るのに要した日数を記録してグラフにしています。現在のノートが42冊目で、1冊あたり平均47.5日で使い切っています。これを見ると、異動してきて最初の頃は如何に仕事をしていなかったかが一目瞭然です。お恥ずかしい。
東京大学へ出張しました
三四郎池から旧中山道の方へ歩いていくと、東大の代名詞ともいうべき有名な赤門がありました。現在は閉まっているようです。
2025年6月8日日曜日
「よくわかる坐禅入門」(藤原東演著、チクマ秀版社)を読み返す
平成の大横綱・白鵬の退職が悲しい(日々の雑感)
平成の大横綱・白鵬関(宮城野親方)が相撲協会を退職されるとのニュースを見ました。これまで不滅の大記録を数々打ち立てた名横綱が辞めてしまうなんて、とても悲しいです。白鵬関の現役時代は何度も国技館に足を運んでいましたが、とにかく強いの一言でした。優勝は歴代最多の45回、双葉山の69連勝に次ぐ、63連勝も記録しています。とにかく負けることが無く、年間86勝4敗の大記録を2回も打ち立てており、通算1000勝達成、入門から引退までの通算の勝率も9割を超えています。取り口は組んで良し、離れて良しのオールラウンダー。引退する前の場所を全勝優勝で飾った力士は後にも先にも白鵬関だけでしょう。そんな凄い人が組織に残れないなんて難しい世界だな~と思いました。思えば、横綱で引退後も協会に残っている人は少ないんですよね。今後についてはネットニュースで色々出ておりますが、かつてその強さに魅了された観衆の一人として、ご活躍を祈念せずにはいられません。
2025年6月1日日曜日
箕面の滝道をぶらぶら
休みの日には体を動かさないと、と思いまして自宅から1時間くらい歩いて阪急箕面駅まで行ってきました。久しぶりに行ってみると駅前のビルが一棟更地になっていて驚きました。
自宅からここまで歩いて、既に疲れていたのですが、折角なので有名な箕面の滝道を少しだけ散策しました。滝道の入り口には下記のような立派な標識が立っています。脇のベンチには箕面市のゆるキャラである滝ノ道ゆずるの石像が座っています。そこから更に上がると立派なお寺(瀧安寺)が見えてきました。ここも今回はスルーで。すいません。



















































